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【天然色の化石】

 時の流れと歴史の轍に、否応なく向かい合わされた娘。
永久の生き罪を重ねて、それでも死ねない少女。



 少女は生き続けることによって、歴史を永久に背負う運命となっている。
重き咎を背負ったその過去と、決別することさえ出来ない、憐れな少女。




 慧音は少女に惹かれた。
 この娘は、私が守ってやらなければいけない。
 歴史に潰されそうな少女を、慧音は必死で守ってきた。







-----

   「珍しい奴が来たもんだな」



 木漏れ日の降り注ぐ、静かな竹林の中。そこに訪れた不意の来客を、
慧音はしかし、余裕ある言葉で出迎えた。


 咲き誇った竹の花も、どうやら落ち着きを取り戻した。
私と、少しの人間が棲むこの竹の林も、いつもの空気を取り戻しつつある。
竹の葉は光を受け、緑白色に輝いている。
木漏れ日が竹の幹を浮かび上がらせ、辺りは緑色の墨で書いた水墨画のよう。
再び巡り始めていた日常に、その来客は舞い込んだ。



   「私のことを憶えているとは、伊達に歴史喰いやってないですね」


 その小柄な体の割に、強い芯の通った張りのある声で、来客は言った。
 慧音はその称賛を、表情一つ変えずに受け止めた。







 あれから何年経ったのか、私は憶えている。いや、知っている。
 巷ののんきな妖怪達が忘れても、私は憶えている。知っている。

 60年。六十干支が一回りする度、幻想郷にはこんな事が起こったものだ。
 咲き乱れる花も、溢れる幽霊も、そして、それに慌てる幻想郷の者達も。
 全てが、慧音にとっては意外でも何でもない、思った通りの現象だった。


 そしてあの時もこの閻魔様は、優しさと厳しさを兼ね備えたような笑顔で、
私の元にやって来た。
 さて、その時にこの閻魔様は何と言ったか。記憶に自信のある慧音も、
60年前の会話の内容は憶えていない。


 だけど。なにか大事なことを言われたような。


 出迎えの言葉だけで口をつぐみそれに思いを巡らせていると、
閻魔様の方がしびれを切らしてしまった。


   「なぜ私が来たか、今年は分かりますか?」


 映姫のその一言で、慧音は忘却の彼方から、あの時の会話を思い出し始めた。





-----

 あの日。そう、あの日も竹の花が散り始めた頃。
竹が普段の姿を取り戻し始めていた日々だった。
 彼女はあの時も、こんな顔でこの竹林に現れた。閻魔、と名乗った。
 そんな自己紹介もそこそこに、もてなしの茶菓に手も付けず、映姫は、急にしゃべり出した。

   
   「貴方、伊達に歴史を喰ってないですね」
   「なんだ、藪から棒に」
   「藪に棲んでる者が、そんな言葉使わないの」
   「蛇だって出るぞ」
   「それは意味が違う言葉ね」
   「一応断っておくが、私はこの異変を悪意を持って放置したわけでは無い」



 慧音のその言葉に偽りはない。
 彼女は、60年前も、120年前も、こんな事が起こったのを知っている。勿論、その理由も識っている。
 そして、なにも人間に危害がなかったことを知っている。

 だからこそ、彼女は騒ぎもしなかった。
 幻想郷の妖怪と同じく、のんきにその異変を眺めていた。
 もっとも…そのことを次の60年目まで憶えていたのが、慧音を含む
ほんの一握りの連中だけだったせいで、その大開花も「異変」として扱われたのだけれど。
慧音にとってはだから、異変でも何でもなかったのだ。



   「分かっています。だから、伊達に歴史を喰っていないわね、と言ったのです。」
   「この歴史は喰っちゃいないぞ」
   「他の歴史は喰うのでしょう?」
   「私をおちょくってるのか?」
   「いえ、警告しているのです。歴史を喰うということは、それが貴方の歴史として刻まれることになるのですから」
   「…小難しい話。閻魔様か、噂に聞いたとおりだな。」



 目の前に突然現れた閻魔様に、勿論逢ったことなど無い。しかし歴史を見守っていれば、
幻想郷、或いはそこに近い所にいる住人の噂など、否応なく耳に入ってくるものだ。
それも、知識に裏打ちされた上質な噂である。天狗共がやるような尾ひれが付いた噂話とは違う、最高級の逸品だ。
 その噂に聞いていた、閻魔様の性格。それに違わぬ映姫の口調は、
慧音にとっては予想通りで退屈なものだった。 

 
 しかし、映姫の言葉は、そこからやや転調する。


   「何を言うのです。貴方と私は、基本的には同じ道を歩む者なのに。」
   「私は裁判官じゃないさ」
   「あなたはどうして、歴史を創り、隠すのですか?」
   「人間を守るためだ、基本的にはな」
   「質問を変えましょう。歴史とはいつまで、何のために存在するのでしょう?」
   「…」
   「また変えましょう。何故私がここに来たか、分かりますか?」
   「…」


 慧音は口を止めた。

 彼女は歴史を創る者だが、作る者ではない。
 歴史というのは、その時代にある万物について、その時を生きる者から者へ伝えられていく結晶だ。
彼女は、完成したそれを操っているにすぎない。


   「この60年に一度の異変を含め、貴方が歴史を留めてこなければならなかった理由。そこが、私と同じ道なの。」
   「言ってる意味が分からないな」
   「ならばまた60年後にお邪魔します。その時までに、答えを見つけておきなさい」

 
 映姫はしこたま訳の分からないことをのたまい、挙げ句に気の長い事を言って、
お体裁のようにお茶を啜り、ご馳走様でしたと一言残しあっさり帰って行った。
 慧音は閻魔様の背中を見送りながら、その日のことをさして気に留めることはしなかった。
 意味も分からなかったし、そもそもそれほど意味のあることだとは、思わなかった。



 散り落ちる竹の花びらが、慧音の頬を撫でていった――







-----

   「悪いな。あのことはあれっきり、忘れていたよ」
   「そんなことだろうと思っていました」
   「悪いがまた60年後にな」
   「今度は私が忘れてしまいます。
    だから今回は、貴方に知って貰うことにします」


 冗談とも本気ともつかぬ事を言って、映姫はあの時と同じ顔で、笑った。





 60年前と同じ竹林で、同じ二人が歩いていく。
 勿論その間に竹そのものは何度も入れ替わっているのだが、この二人を迎えた「竹林」という世界は、
60年前と何ら変わることはない。
 あの時と同じく広がったその光景の中で、今度は待ちきれないかのように、竹林を歩きながら映姫は本題を切り出した。




   「あの時私が何を聞いたか、それくらいは憶えていますわね?」
   「どうだかな」
   「この異変をもう一度見て、その答えは出ませんか」
   「全然出ないね。それどころかお前さんの言ってることからしてさっぱりだ」


 むべなるかな、といった表情で映姫は微笑んだ。

 そして、映姫は続ける。


   「貴方は歴史を操る者。人は、歴史を紡ぐ者。
    それでは、人間にとって歴史がどう役に立っているのか。
     それを踏まえて、貴方の目指すところを私と揃えるべきである、
    それが60年前のあの日、私が言いたかったことなのですよ。」

   「死んだ後の人間を裁いてる奴に、現世の人間のことを言われてもな」

   「死者を裁くことは、現世に生きる者の幸せを左右する行為なのです。
    死後の裁きがあるから、人は生きる内の罪を考え、正しい行いで生きようとすることが出来る。
    お陰で聡明な人は、生きている内も死んだ後も、幸せにいられるのです。


     慧音。貴方がやっていることは、人間を守ることでも何でもないわ。
    人間の過ちの尻拭いなの。」 






   「なに…?」

 足を止め、にわかに気色ばむ慧音。


   「歴史を操ることが人の尻拭いだというのか?
    冗談じゃないな。
    私は歴史を隠して人を守ったことはあるが、作り替えることで守ったことなど一度もない」

   「歴史とは、時の流れの轍でしかありません。
    貴方がやっていることは、歴史を喰い、創る行為。
    それだけをやったところで、人間は進化なんてしないのです。
    人を歩ませるには、残してきたその歴史に、堂々と向き合わせることが必要なのです。」    


 慧音はしばし黙ってしまった。
 別に、この閻魔に共感したわけではない。ある人間を想っていた。





 遙か昔。私の元に歩み寄った少女がいた。
その少女は、もう120年も生きたという。
 言葉とは裏腹に少女の成りをした彼女に、慧音は驚きもしなかった。
 少女の背中に、人間とは比べものにならないほどの重い重い歴史が括り付けられていることが、
慧音にはその眼で見えていたから。

 
 時の流れと歴史の轍に、否応なく向かい合わされた娘。
永久の生き罪を重ねて、それでも死ねない少女。


 私は少女に惹かれた。
 この娘は、私が守ってやらなければいけない。
 歴史に潰されそうな少女を、私は…慧音は必死で守ってきた…









   「そろそろ分かってきたようですね、私が貴方を訪ねた理由が」



 はっと我に返ると、先に歩みを進めていた映姫が、道先の竹にもたれていた。
どうやら過去の記憶を回想しているうちに、私は無意識に立ち止まってしまっていたようだ。




   「あの娘は死ぬことがない。絶対に死なない、いや、死ねない。
    
     人間が死ねば、現し世での罪を清算できる。
    その罪を形で表すのが、私、閻魔の役割です。
   
     このままではあの娘を裁くことが出来ません。だって彼女は死なないんですから。
    そこらの人間よりも、ずっとずっと大きな罪を背負っているのに、ね。」



 慧音は眉をひそめた。
 もしや――  



   「そんなことはしません」




 慧音のそんな表情を見て、その気持ちを見透かしたかのように、映姫は先手を取った。

   「私は死者を裁く者。生きている内に裁くなんて、職権濫用も甚だしいわ。
    だからこそ、こうして貴方の元に足を運んだのです。」

   「私が裁けと言うのか?彼女の歴史を、ここで終わらせろというのか?」


 声が自然と大きくなるのも構わず、慧音は言い返す。
 それを映姫は優しい眼でなだめながら言った。


   「残念ですがそれも思い上がりです。妖怪にだって人間を裁く権利などありません。
    でも、貴方はとても大きな鍵を握っている。彼女にとってね。
     
     彼女と歩んでやれるのは、貴方しかいないのです。
    歴史を操る貴方はいざとなれば、彼女の罪を根底から跳ね返すことも可能なのです。


     不老不死という願いが愚かであるとされる最大の理由は、生き恥です。
     命は限りがあるからこそ救われる。終わりがあるからこそ美しいモノとしていられる。
    でも彼女の命は、尽きることがない。例えズタズタに穢れきっても、彼女の命は時の河を流れ続ける。
     
     貴方はその、彼女に積もり積もる埃を払い落としてやることで、最低限の美しさを守ってきた。
    歴史という名の埃をね。」



 日を受けて淡雪のような青白い竹の葉と、極光のような優しい光が降り注ぐ昼下がりの竹林。
風が葉を揺らす音しか聞こえない、あまりに静かなその空間の中に、
映姫の静かな、しかし凛とした声が、染み入るように響き渡っていく。

 足下には朽ちた竹。幾年の間そこにあったのか、分からないほどに朽ち果てた、黒ずんだ竹の亡骸。
 それに目を落としながら…そして少女の顔を思い浮かべながら、慧音は恐怖を感じていた。
 閻魔様がわざわざやって来て伝えようとした、その内容に。


 少女の笑顔が頭をよぎる。
 数多の欲深い人間や浅ましい妖怪から私が守ってきた、あの少女。
 時と共に移ろいゆく世界の中で、これからも守っていかなければならない、あの少女。

 人を裁く者である、閻魔様。
 その映姫が私に、また何か言おうとしている。聞きたくない。


 映姫の口が動く。
 止めろ。
 それ以上言うな。

 あの少女との関係は、私だけが――






   「私はこれからもあの人間を守り続ける!

    歴史を創る者として、私の誇りを賭けて、守ってみせる!

    お前なんかに、邪魔はさせない!」







 風が一際強く吹いた。静かな竹林の木漏れ日が、まるで慧音の声に驚いたかのように揺らぐ。
 あの薄倖の少女を守っていく日々を奪われる、否定されるかもしれないという恐怖が、
慧音に大声を出させた。
 どこまでも続くかのような深い竹藪に、慧音の叫びが木霊となって消えていく。



 映姫は目を閉じて深く息を吐いた。
 そして、慧音の紅潮した顔を見やり、





   「核心をお話しした方が良さそうですね…」 





 映姫はそう、静かにつぶやいた。
 そして、60年前と変わらない良い竹林ね、と言って笑い、木霊が消えていった方を見やった。
一呼吸置くと、相変わらずこわばった慧音の表情に目を逸らさず、まっすぐ慧音を見つめ直して言った。


   「私は今日、貴方を諭しに来たのではない。
    本当は、あの娘を救いに来たのです。」

   「私じゃ力不足だと言ってるのか」

   「いいえ。私はあの娘を、せめて幸せに生かしてあげたくて、貴方の元へ来た。
    このまま貴方が彼女の歴史を操り続けても、それは彼女にとって本当の幸せへの道を
    遠ざけてしまっているだけ。いつかきっと、彼女の小さな心に、咎の波が押し寄せる日が来る。
    そうなる前に、貴方に歴史のあり方を学び直して欲しかったのです。」



 慧音の脳裏に、60年前の映姫の言葉が蘇る。




 ――あなたはどうして、歴史を創り、隠すのですか?
 ――歴史とは、何のために存在するのですか?





 学び方だと。ばかを言え、歴史ってのはな。
 歴史ってのは…


 慧音の眼に、初めて戸惑いが浮かんだ。
 それを見逃さず、映姫は言葉を続けた。

   「慧音、いいですか。歴史が何のために存在するのか。
    人間がそこから学び、成長する、その為に歴史は紡がれるのです。

    ええ勿論、学校の歴史の授業のことを言ってるのではありません。
    学校の歴史の授業、アレは歴史を学ぶとは言いません。単語を覚えて、試験で記憶力を試すだけ。
    あんなもの何の意味もありません。

    本来何のために過去の人間が歴史を整理してきたのか。
    それは、それを背負って生きる現代の人間が役立てる為に必要だったからなのです。
    人間は妖怪に比べれば須臾の命。短いサイクルで、歴史が受け継がれていかなければならない。
    歴史を操る能力を持つ貴方のようなハクタクが人を守るのは、まあある意味自然な流れなのです。」


 映姫の優しい口調が、慧音の胸を包み込む。
 慧音の脳裏に、今までに出逢った沢山の人たちの笑顔が浮かぶ。
 私の前に現れ、私と笑い、私がその終を見届けていった幾多の人間達。
 その中で、たった一人。

 ずっと。ずっとだよ。
 あの少女はそう言った。

 
 慧音は、その瞳を上へと向けた。
 空など見えはしない。見えるのは金糸のような光の筋と、優しく揺れる竹の葉だけだ。
 
 そんな慧音を見ながら、映姫は話し続ける。


   「だから私は、貴方が守っているあの娘を救わねばならなかった。
    彼女は歴史の紡ぎ手であると同時に、それを次々と背負っていく者。
    所詮たまゆらの時しか歩まぬ普通の人間と違い、彼女は文字通り永遠の時を生き、その罪を背負い続ける。

     それを貴方は、背負ったモノを隠すことで彼女を守っていた。
    それが貴方の選んだ、貴方の力の使い方だった。
    だけど、それは巡り巡っていずれ、彼女を苦しめることになる。苦しめるどころじゃないかもしれない。

     私は死者しか裁けぬ人間。彼女の罪を裁くことは永遠に出来ません。
    だからこそ、貴方にお願いしたのです。
     今からでも良い。彼女には、自分の罪と向き合っていくことが必要です。
    生きる者は罪を重ねていく。それ故に、いえ、それでなくても、彼女は永遠に、無限の罪から解放されることがない。
     死ぬことが無くても、無限の罪でも、彼女はそれに向き合っていかねばならないのです。」



 見上げた木漏れ日。揺れる竹の葉。
 その景色が、少しずつゆがんでいく


   「そんなこと…今更、あの人間にさせられる訳が無いだろう…」


 閻魔様に突きつけられた、あの少女の残酷な現実。
 分かっていて触れたくなかった、避けることの出来ない少女の運命。
 弱々しく声が震える慧音の元に、いつの間にか歩み寄った映姫が肩に手を置く。



   「それでは改めて聞きましょう。
    貴方は、自分の誇りを賭けてあの娘を守ると言った。
    それはつまり、永い永いあの娘の罪を、貴方が背負うということです。
    あの娘の永久なる命…無限の罪という枷を括り付けられたあの人生を、貴方は幸せにし通す自信があるかしら?
 
     永遠に…本当に永遠によ。その自信があるのかしら?」




  ――歴史を喰うということは、それが貴方の歴史として刻まれることになるのですから――

 
  慧音の胸に、また60年前の映姫の言葉が木霊する。何度も何度も。次第に大きく木霊していく。






 慧音の目から、一筋の涙が溢れ流れた。


 私は、少女の過去への時間軸を制することで、過去の巨大な罪から少女を守れると思っていた。
 しかし、少女の時間軸は未来への無限軸だ。少女の無限の未来は、無限の過去となって少女に降り積もっていく。


 私が操っていたのは、過去への無限軸。
それが、少女を守る力になると、私は信じていた。




  だけど。それは、少女が幸せに生き続けられる方法だったのか?





 あまりにも大きな少女の罪――それを少女に隠し通してここまで来てしまった自分の責任。
永遠という意味から無意識に目を背けていた、時間を軽々しく考えていた浅はかさ。
そして、歴史を操る者でさえ抗えない、未来への時の流れ。その無力感。
抗えると無意識に信じていた、自分の盲進。




 複雑な想いが慧音の目から涙を溢れさせた。
 決して声を上げも、止めどなく涙を流したりもしない。

 ただ一筋だけ。
一筋だけ、慧音はその目から、自らの涙を落とした。 




 そして。一言だけ震える声で、
しかし力強く、慧音は声を絞り出した。









   「私の誇りを賭けてあの人間を守る…  お前なんかに、邪魔はさせない」








 
 まっすぐに映姫を見つめる慧音。
 映姫はそれを、自らもまっすぐに見つめ返し、良い目をしてるわね、とぽつりとつぶやいた。
 映姫はそして踵を返し、今来た道を戻り始める。
 、





   「頑張りなさい。貴方は、誇りを賭けて、その永遠の命を永遠の幸せにする。そう誓ったんだから。」 






 数歩歩んだところで足を止め、最後にそれだけ言うと、映姫はまた歩き出した。
 そして慧音を一度も振り返ることなく、竹林の出口の方へと消えていった。









-----

 竹林の中を一人歩みながら、慧音は、またあの少女のことを思い出していた。


 相手が永遠の命である以上、少女を最後まで見守ることは出来やしない。
いずれ私が死ぬ時、別れが来る。そんなことは分かっていた。
 その時のために、私が逝った後もあの少女を守れるような最後の歴史の処置を、考えているつもりだった。  

 だが、永遠とは…文字通りの無限だ。終わりなど無い。
蓬莱の秘薬を飲んでしまった彼女には、終の刻などありはしない。
 理屈では分かっていても、私は本当に…本当に、その現実に向き合っていたのか。


 映姫は、死後の裁きがあるからこそ、現世で人間は正しい行いを積むことが出来る、
だから幸せになれると言った。
 あの少女には、死後の裁きなどありはしない。
 そして、今は笑って振る舞っているあの少女に、生きている罪の実感が押し寄せる日は必ず来る。


  

 私が思っていた永遠とは何だったのだろう。

 私は少女の永遠を、重い物として受け止めていた気でいた。
しかし、少女が背負っている永遠とは、もっともっと、ずっと重い物なのだ。
永遠の時を刻む少女を、その罪から守るなんて、実はとんだ安請け合いだったのではないか。


 60年の節。一つの歴史のフェーズが終わり、また新たな歴史のフェーズが紡がれていく区切りの年。
そんな時に、映姫は2度も私の元を訪れた。
そして、永遠に続いていく歴史の重さを、これでもかというほど私に知らしめて帰って行った。








  私にはどうすることも出来ないのか?
  私には守れない少女なのか?









 
 …

 …そんなことあるものか。慧音はぐっと拳を握った。

 私はいつだって人間の味方だ。歴史を操るという、特殊な力もある。


 私が歴史を操れると言うことは、人の背負う罪を「表面上」左右出来てしまうと言うことだ。
 映姫が60年前に言った「私と貴方は同じ道を歩む者」という言葉はつまり、
二人ともが人の罪の意識に、その力で影響を与えることが出来てしまう立場であるということ。

 そう、つまり、私も映姫と同じように、人間の生を幸せなものに誘導するだけの能力があるということだ。
彼女はそう言いたかったのだろう。

 

 永遠の時の少女を守る私に、そんな話を60年も前にしてくれていた映姫。
それを忘れずに、60年経った今日、また話してくれた映姫。
私の言葉に、頑張れと言ってくれた映姫。


 彼女は私を信じてくれた。ならば…







 あの少女…歴史という名の罪を、永遠の重さで背負い続けるあの少女は、
私の智慧と力で、必ずや、永遠に幸せにしてみせる。

 私が果てた後も、その次の守り主が果てた後も、その次の後も。
永遠の重みと向き合いながら、あの少女が本当に永遠に幸せに生きられる道を、
私が必ずや見つけてやってみせる。


 思い上がりだと言われようが構わない。私は、永遠を預かったのだ。
無限の重みを持つ彼女の時間を、この手に預かったのだ。






  誰にも邪魔はさせない。私の誇りに賭けて。
  あの少女をきっと、必ず。





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   時の流れと歴史の轍に、否応なく向かい合わされた娘。
  永久の生き罪を重ねて、それでも死ねない少女。


   少女は生き続けることによって、歴史を永久に背負う運命となっている。
  重き咎を背負ったその過去と、決別することさえ出来ない、憐れな少女。

 

   私は少女に惹かれた。
  この娘は、私が守ってやらなければいけない。
 

  
   歴史に潰されそうな少女を、慧音は必死で守っていく。



                         《完》






 人間というのは分かりやすい生き物で、初っ端に上手く行ったことは割と継続力がつくものです。
 自分って文章書くのに向いてるんじゃないか? と、気分が高まってくるのですよねえ。
 そういう感じの二作品目です。作品については、今更もう何も語りますまい。

 私がさだまさし好きなのは一部の方に有名ですが、この作品もそのオマージュを受けた物です。
 タイトルと同名の曲ですが、非常に良い曲ですので、機会ありましたらお聴きになってみて下さい。
 その上で、この作品をもう一度読み返してみ……て下さらなくても結構です本当に。絶対にやめて。  
(初出:2005年10月21日 東方創想話作品集21)