【春宴】 |
「お前とも久しぶりだな」
「ええ。まさかこんなところで逢うとはねえ」
「悪いが、あの宿題の答えは保留だ。今日は難しい話は」
「ええ、無しにしましょう」
慧音と映姫が酒を酌み交わす。
宴会でもどうかしら?―そんな霊夢の鶴の一声に、幻想郷の呑兵衛達は喜々として集まった。
長い冬もそろそろ終わりを告げ、また暖かい日射しが降り注ぐ季節になる。
新芽芽吹く木の下、うららかなお天道様を浴びながら久しぶりの神社宴会と相成ったのである。
「さて、じゃあみんな席について。私が注いで回るわね」
「…」
皆訝しんでいた。
いつもは神社での宴会など嫌がる霊夢だが、今回は自ら発起人となったばかりか、
手ずから盃に酌をして回るというのだ。
春の季節になったとはいえ、やたら上機嫌な霊夢の身振りは、いささか不気味でさえある。
そして…
「私の席は?」
「ええ、ここよ。二列目の左端」
わざわざ指定席を作り、その下には緋毛氈まで敷いてあるという念の入れようだ。
三々五々集まっててんでんバラバラに飲み交わすいつもの無法地帯とは、
安民宿と五つ星ホテルくらいの違いがある。
まあ、酒が飲めるから、いいか…結局みんな、その一点で全てを許してしまうのだけど。
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「はい、いらっしゃい。まずはアンタから」
「ええ…」
賽銭箱の置かれた目の前、神社の本殿お膝元。
その列の左端に席を置かれたのは…
「思えば私達人間同士て酒を交わすことなんて無いわね」
「いつもはそうね」
相変わらずの堅苦しい仕事着で、咲夜はやって来ていた。
「家のお仕事は大丈夫なのかしら?あの我が侭お嬢様は」
「お嬢様の世話でしたら、しばらくは大丈夫です。
秘薬・矢吹ジョーが五臓六腑に染み渡って、先日から寝込みっぱなしです」
一体何をしたというのか。
「…まあ良いわ、ゆっくり飲んで行きなさい」
「かたじけないわ」
「さて。唐突だけど咲夜、アンタにとって春って何?」
「何ですか、藪から棒に」
急な質問に目を白黒させる咲夜。
「良いから、どういうイメージ?」
「そうねえ…花が沢山咲いて、料理の材料に困らなくなる季節、って感じかしら」
「花を食べるの?」
「良い風味がするわよ」
当然のように答える咲夜。
「ま…まあ良いわ。アンタのところは基本的に食文化が違うヤツが住んでるところだし」
「そうね。貴方も食べてみる?この御礼にいずれ菜の花和えでも持ってくるわ」
「あら、アリガト」
咲夜の盃に酒を注ぐと、霊夢はその隣へ向かった。
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「はい。今日もアンタは主人のことを忘れて飲みなさい」
「はあ…どうもありがとうございます」
帽子を脱いで露わになった狐耳をひょこひょこさせながら、藍は丸い目で盃を見つめた。
「この盃の内角は120度、高さは3センチだから、この盃の容量は…」
「アンタ他に考えることはないのかしら?」
「その徳利を55度の傾斜角で傾けた時、この盃を酒で満たす為に要する時間は…」
「…まあ、それで酒が旨くなるなら一生考えてなさい」
「いえ、不味くなるので止めます」
そう、と霊夢は一つ頷いて、更に尋ねた。
「アンタにとって、春とは何?」
「春は、試練の季節の始まりです」
そうか。アレが冬眠から目覚めるんだ。
「心中察するわ。頑張ってね」
「ありがとうございます。おつまみは厚揚げでお願いしますね」
「そこにあるから、自分でとって」
無作法に足を上げて爪先で皿を示すと、霊夢は右端、この列最後のお客様の元へと向かった。
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「アンタはお酒は大丈夫なのかしら?」
「はい。見た目の数倍は生きていますので」
妖夢は微笑んで、盃を差し出した。
「あんまり飲み過ぎないようにね。急性アル中になっても知らないわよ」
「見た目ほどお子様じゃないですから、ご安心下さい」
幽霊とのハーフだからゆっくり歳をとる…確かにそう霊夢は聞いたことがある。
しかしよく考えてみると、その理屈は甚だ不可解だ。
半分霊であることと長生き出来ることに、どういう因果関係があるというのだろう?
まあ、それは良いとして。
「じゃあその人生経験豊富な貴方に聞くわ。貴方にとって、春とは何?」
「春は、宴会の片づけの季節です」
「私と同じね」
「ウチの庭の広さ、花見客の数は、こんなものではありません。一緒にしないで下さい」
「まあ、そうね。なら今日くらいは、骨を休めて行きなさい」
霊夢はそう言って立ち上がると、二列目に足を進める。
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「ちょっとお!ここだけ妙に狭いじゃない」
「アンタ達は三人で一人分のスペースなんだから、我慢しなさい」
それでも不満げに口を尖らせるリリカに、メルランとルナサが苦笑いの目を向ける。
「宴会と言えば私達ってのはわかるけど、それにしても霊夢に呼ばれるとは意外ね」
「めるぽ」
「まあ後で一席ぶってもらうつもりよ。それまではゆっくりお酒を楽しんで頂戴」
先ほど空になった徳利を逆さに持ってメルランの頭をガッしながら、霊夢はルナサに笑う。
「ええ、呼んでもらった手前、演奏はさせてもらうけど…それにしても珍しいこともあるもんね」
「じゃあサービスで質問に答えて。貴方達にとって、春とは何?」
「は?」
三人はきょとんとする。
「そ…そうねえ、春は躁の季節。寒い冬を越えた楽器の音色が、自然と調和して伸びやかになる季節ね」
ルナサが彼女らしい真面目な事を答える。
「そうそう、私の音は躁の音。春に一番朗らかに伸びるのは、私のトランペットね」
「あたしも、春は嬉しいわね。冬寒い中でキーボードを弾くと、指が悴むから」
残る二人もそれに同調する。
「そう、じゃあ春を迎えて綺麗になる貴方達の演奏を、楽しみにしているわ」
霊夢はそう言って、隣の客人の席へ向かった。
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「も〜 い〜くつ寝〜る〜と〜 和尚が〜TWO〜♪」
「神社で坊主が二人なんて歌は止めて頂戴」
空気の読めない夜雀に、霊夢はやや弱めの酒を注ぐ。
「和尚の歌?まあ良いわ。ちなみに私は雀だから、お酒はあんまり…」
「だから水みたいなお酒よ。これならアンタも飲めるでしょう」
「へえ、いつになく気が利くじゃない、霊夢」
まさか最近鳥目がヒドイとは言えない。
言えないが、もしかしたらこいつのせいかもしれないと思うと、ぞんざいに扱えぬ。
「聞いてみるけど、アンタにとって春とは何かしら?」
「春、そりゃあ歌の季節よ〜!
は〜るがき〜た〜、は〜るがき〜た〜、ど〜こ〜に〜、キタ━━━━(゜∀゜)━━━━
!!♪」
「歌の季節って、アンタは年がら年中放歌高吟状態じゃない」
「私の屋台ではね。今度良かったら来て頂戴ね」
「考えておくわ、幻想郷のジャイアンさん」
最後につい癖で毒を吐いてしまい、後悔しながら霊夢は次のお客の元へ。
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「霊夢おそ〜い!早くしてよ」
「…アンタは回りを寒くするから、本当は呼びたくなかったんだけど…」
「一度参加してみたかったのよ、お酒飲み!」
そう言ってチルノは、子供っぽく笑った。
「妖精に法律もへったくれもないから、アンタもお酒で良いわね」
「もちろん!」
「その代わり、酔って帰り道で墜落しても知らないから」
言いつつ霊夢は、透明な液体を徳利から注ぐ。
チルノはそれを、ぐいっと一気に飲み干した。
「…ふ〜ん、これがお酒なの。想像してた味よりも、全然癖がない」
「そう?まあ飲みやすいなら良いじゃない」
「ま、そうだね。そっか、あたいお酒もイケるんだ!あたいったら大人だね!」
喜ぶチルノ。
やっぱり、水道水でも酒だと言えばバレなかった。ラッキー。
水っぽい酒ってのを飲むことはあるが、酒っぽい水ってのを注いだのは初めてだ。
「ねえ、アンタにとって、春とは何?」
「春…みんなは浮かれてるけど、あたし達にとっては…」
「別れの季節ね」
「まああたいは大妖精だから、その気になってれば夏でも外にいられるけどね」
「まあ、溶けるほど暑くなる前に宴会を楽しんで行きなさい」
「そうね、ここで宴会やっててええんかい!なんちゃって!
あはは、あたいったら」
気温以外にも色々と寒くした妖精から離れると、霊夢は三列目に向かう。
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「ちょっと、どうして私があの子と離れて座らなきゃならないの?」
「私の方なんて、小町は呼ばれさえしなかったんだから」
幻想郷随一の曲者と、幻想郷随一の厄介者。
2人しかいないがこの三列目が、一番の難関列だ。
「まあ良いじゃない紫、たまには従者から離れて色んな人と話をするのも悪くないわ」
「かといって、こんな説教魔と一緒に酒を飲んでたら酒が不味くなるわ」
「説教とは失礼な。ありがたいお話ですよ」
「説教するヤツは、大体みんなそう言うんだよ」
紫の盃と映姫の盃、順々に酒を注ぐ。
「それにしても、みんなを集めて宴会を開くだなんて、奇特なことをなさいますね。
何かあったのですか?」
映姫が尋ねる。
「主催者に根掘り葉掘り聞くのは野暮ってものよ」
「ふむ、それもそうですね。今日はゆっくり楽しみましょう」
紫に窘められ、大人しく引き下がる映姫。
さすがは幻想郷一の古株妖怪、閻魔様さえも言いくるめてしまうとは。
「なんかここはここで独特な空気になってるわね。まあ良いわ、貴方達にとって春とは何か、聞かせてくれる?」
「春…ねえ」
二人とも盃の手を止めて考える。
「春は眠りの季節ね」
そう答えたのは紫。
「アンタ冬の間ずっと寝てて、春も眠りの季節なの?」
「春眠暁を覚えずって、知らないのかしら?」
「…」
「そうですね、私にとっての春は、清らかな命の季節ですね。
沢山の花には、すべて一つ一つ命がある。
花は人間と違って、罪も穢れもない清らかな人生なのです。何故なら、彼らは自然に生きるだけ。
人間のように欲得や、他者への無用な干渉や、人生への執着がない。
だから花は、あんなに綺麗に咲いていられるのですよ」
「…」
二人の回答に、色んな意味で絶句してしまった。
この二人にまともな回答を期待するのは間違っていたか。
というかよく考えれば、幻想郷にまともな回答を返してきそうなヤツって何人いるだろう。
片手の指で足りちゃうんじゃないか?
「まあ波長の合う者同士、ゆっくり飲んで頂戴」
やっとそれだけ絞り出し、霊夢はそそくさと四列目に向かった。
最後尾、緋毛氈のしんがりの列へ。
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「ああやっと来た。もう、遅いわよ〜」
幽々子はそう言って、ぶしつけに盃を差し出した。
「仕方ないでしょう、みんなと色々話し回ってたんだから。
大体宴会を開いてあげてるんだから、そうそう文句を言わないの」
言いながら、徳利を傾け…ようとして、気付く。
既に顔が、ほんのり紅らんでいる
「アンタ、勝手に手酌して飲んだわね!」
「だって霊夢が遅いんだものぉ〜」
あはは〜、と笑う幽々子。
「まあ良いわ、貴方にとって春とは…って、アンタには聞くまでもないわね」
「?何か言った?」
「何にも。良いから適当に飲んで酔っ払ってなさい。今年は春を奪うんじゃないわよ!」
は〜い、と手を挙げながら、幽々子はあはは〜と笑う。
その幽々子を横目に、霊夢はその隣の席へ向かう。
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「はい盃出して…って、どうしたの?」
「…えぐっ」
目頭をしきりに擦るその客人。
「うっ…嬉しいです…
普段はレミリア様や咲夜様が宴会にお出かけされても私は門番の任から解放されることはないし、
まして名指しでこの酒席に呼ばれるなんて、本当に…本当に…
一生の光栄ですッッ!!」
美鈴はそう言って、嬉し涙に溺れている。
「そ…そう…アンタも苦労してるわねえ…
まあ今日くらいはゆっくりして行きなさい」
「うわぁぁぁんんんっっ!!」
徳利から注がれる酒を見て一層感極まったのか、言葉にならぬほど感涙に噎ぶ美鈴。
理性さえ飛んじゃっているようだ。盃を持つ手も震えている。
「そんなに喜んでもらうと、こっちがかえって申し訳ないわねえ…
まあ良いわ、そんな貴方にとっての春という季節はどんなものなのかしら」
「春…春は素晴らしい季節です。
吹雪の夜も凍てつく早朝も、春が近づくごとに減っていきますから…
いつ何時も立たねばならぬ館の門に降り注ぐ春の日射しは、文字通り天の恵みです…」
「本っ当にヒドイ扱いをされてるのね…」
時折嗚咽を混じらせながら、さらに気の毒になるようなことをつらつらと語る美鈴。
あの屋敷の連中も人でなしである。
…あ、そっか、元からほとんど人じゃないか。
ごゆっくり、と健気な門番に言い残し、霊夢はその隣で静かに座る、最後の客人の元へと立ち上がった。
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「霊夢、これはどういうことだ」
「いきなり不機嫌そうね、アンタ」
むすっとした顔で、最後の一人…上白沢慧音は、霊夢を睨む。
「当たり前だ。宴会に呼んでくれたことには感謝してるが、この微妙な人選は何なんだ。
一家の一部だけ呼んでみたり、普段呼ばない子供まで呼んでみたり」
「あら、そこに突っ込んだのはアンタが初めてよ」
徳利を傾けながら、にやりと霊夢は笑う。
慧音は硬い表情のまま、言葉を続ける。
「それだけじゃない。いつもは宴会を開くことさえ嫌がるのに今回はやけに積極的だし、
いつもは好き勝手に飲ませているくせに今回は席まで指定して」
「変かしら?」
「変だ」
「あっそう。じゃあねえ、その理由はアンタに質問してから答えてあげるわ。
アンタにとって、春ってなあに?」
一瞬不思議そうな表情を浮かべる慧音。その盃を傾ける右手が、しかしすぐにふと止まる。
次第に目が、大きく見開かれてゆく。
「…春とは…桃の季節だな」
「正解。アンタだけね、正解者は」
「ふん、そういうことか。くだらない」
ぷい、とそっぽを向いてから。
「…待てよ、じゃあココは確か…あ。コラァ!」
「やっぱり怒った?」
「当たり前だ!私をこんなところに座らせるなんて、失礼にもほどがあるぞ!」
「良いねえ、もっと怒ってて頂戴。その方が、『相応しい』でしょ?」
「むう…」
我に返り、意地でも無理矢理怒りを押し殺そうとする慧音。
そう、慧音には怒ってもらっていた方が良いのだ。
横には笑っている亡霊姫と、泣いている門番が居るのだから。
それにしても、ここまで狙い通りにハマるとはね。
「さて、本当の締めの客…最後の最後のお客さんが来たようね」
憤懣やるかたなしといった表情の慧音を横目に、霊夢は再び出発点、本殿の目の前へと戻った。
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「あれ、もうみんな集まってるのかい」
「ええ。貴方の席はでも、彼女達とは違うわ。貴方は、そこ」
そう言って霊夢は、賽銭箱の右側を指差す。
「…こんなところに座らせるのかい」
苦笑しながら、最後の客人…森近霖之助は、やや狭いその空間に腰を下ろした。
「悪いわね、無理を言って来てもらって」
「いやいや、宴会に呼んでもらえるとは光栄だよ」
にこやかに笑いながら、霊夢の手酌に盃を差し出す。
「それにしても、随分みんな整然と座ってるもんだねえ。彼女達も指定席?」
「ええ」
「でもなんで、3人の列や5人の列が…
…あれ。待てよ、この人数の組み合わせ…どこかで…あ」
う〜ん、と頭を掻いていたその手を、ふと止める霖之助。
「そうか、なるほど…おいおい、僕で良いのか?この席は」
「だって貴方以外居ないんだもの」
「…まあ、そうだな。でもなんだか、恥ずかしいねえ」
そう言って霖之助は、賽銭箱を挟んで左側に座った霊夢に微笑んだ。
しかしすぐにまた立ち上がると、賽銭箱をコンコンと叩きながら言った。
「じゃあコレは、斜めに置いた方が良いんじゃないか?」
「ああ、なるほど。気が利くわね」
よっこらしょ、と二人で賽銭箱を持ち上げ、そのまま45度、回転させる。
再び二人が席に戻ったら、準備万端。
日はもう傾いて、神社の壁が夕焼け色に染まっている。良い頃合いだ。
「さあ、出来たわよ!!」
霊夢の突然の大声に皆一斉に霊夢の方に振り向く。
そしてその霊夢の視線を追い、さらに真反対へ向き直る。
そこにあったのは、博麗神社の鳥居。
その笠木に腰掛ける、小さな人影。
誰だ?と皆が不審がった瞬間。
カシャッ。カシャッ。カシャッ。
鳴り響くシャッター音。
「は〜い、おっけーで〜す。皆さんご協力有り難うございました〜」
そう一言だけ言って、カメラを大事そうに抱えたままその新聞記者は笠木から飛び降りると、
幻想郷一の足であっという間にどこかへ消えてしまった。
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「先日はご協力有り難うございました」
「本当に、感謝しなさいよ」
「感謝していますよ、あれだけの人たちを集められるのはやっぱり貴方しかいませんから」
いつものように朝刊を配達しに来た、でもいつになく上機嫌な文に、
霊夢は対照的に尖った口調で呟く。
「それより、覚えてるんでしょうね。私が出した交換条件」
「はい、覚えています。この宴会を貴方に開いてもらう代わりに、神社の掃除を1週間やることでしたね。
私の葉扇にかかれば、簡単なことです。ゴミでも何でも、風一迅で吹き飛ばして見せますよ」
「余計な物まで飛ばさないでよ?」
急速に心配になる霊夢。めぼしい物もない中たったひとつかけがえのない財産であるこの終の棲家を、
風速数十メートルで跡形もなく更地にされては心底たまらない。
「御心配なく。それより見て下さい。今日3月4日の、文々。新聞です。一面ですよ」
「へえ、綺麗に映ってるじゃない」
「文々。新聞史上初の、カラー一面です」
「初のカラー一面は良いけど…コレつまり、やらせ記事よねえ」
「え?あ…いや、自分はそんなつもりじゃ…」
「だってそうでしょう?企画を持ち込んだのは貴方なんだから。自作自演ってヤツね」
動揺する文に、更に追い打ちをかける霊夢。
「お、お願いです、それは言わないって事に!!」
「じゃあ代わりに、掃除は二週間頼むわね」
「うぇえぇ!?」
「のめないって言うのかしら?」
「い、いえ…やります…」
「わーい。お願いね♪」
「…しくしく…」
満足げに笑う霊夢の横で、うなだれた文。
その視線の先に。
「あ…つくし…」
釣られて視線を落とした霊夢の目にも、小さな春が飛び込んでくる。
「あら、ほんとだわ。…そっか、いよいよ春ねえ」
「ええ、春です。
また…また、楽しい季節が来るんですね!」
「…そうね」
二人は顔を見合わせて、笑った。
「さあ、交換条件よ。神社の庭掃除、お願いするわ」
「は〜い!」
春の三月とはいえ、まだまだ朝は寒い。それでも春はもう、すぐそこまで来ている。
忘れ去られそうになる、小さな国の小さな文化。
この素敵な文化は、いままでどれだけの人に笑顔を運んできたのか。
そして、どれだけの春を告げてきただろうか。
昔の人はきっとそうやって、季節の変化に気付いていったんだろう。
鯉幟に夏を知らされ、中秋の月見に秋を想い、そして煤払いに冬を見つける。
巡り来る一年の四つの美しい季節の変化を、また健康に迎えられたこと。
その大きな喜びを、そういった穏やかな文化の営みで、神様から受け取ってきたのだろう。
霊夢の目の前で、天狗の葉扇が一閃する。
陽気に誘われて顔を出した今年の最初のつくしの頭を、一足早い人工の春一番が荒々しく撫でていった。
《完》
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『博麗神社で開催!幻想郷の雛祭り』
博麗神社で3日午後二時頃から、冬開け後最初の宴会が開催された。
参加者はちょっと変わった面々であったが、その理由はズバリ雛飾り。
それぞれの住人が人形の役どころに配置され、幻想郷オリジナル雛人形飾りが実現したのである。
主催したのは博麗神社の巫女、博麗霊夢さん。
霊夢さんは前夜から準備を重ね、緋毛氈を引いて庭を雛壇に見立てるなど尽力されたようである。
掲載しているのが、その写真である。神社の格子扉に夕陽が当たり金色に美しく輝いて、雛壇に金屏風の彩りを添えている。
なお、キャストは、以下の通り。…
このたび自分の作品をこうして特設ページにまとめる作業をしていた訳ですが(脚注:旧まとめサイト時代のこと)、全作品をhtmlの雛形にぶち込んファイル化し、創想話wikiさんのリストを参考にして目次を作り上げ――ようとしたところで、この作品のことをすっかり忘れていたことに気付くのでした。 アレです、人間20代になると物忘れが激しくなるって…… なお作品、行き当たりばったりでなく配役ちゃんと考えてありまして、それは創想話のあとがきのほうに。 |
(初出:2006年3月4日 東方創想話作品集26) |