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【世界一の小説】

 馬田はいつか、世界一の小説家になりたいと願っていた。少年のころから彼は世界の名作をことごとく読みあさっては感動し、そして勉強した。いつかじぶんもこんな物語を書いてみたいと、つねに思っていた。
 高校でも本を読みつづけて、大学はもちろん文学部にすすんだ。そこで彼はさらに文学を学び、やがて大勢の同期生のなかの二番めという輝かしい成績で卒業した。文学雑誌の素人投稿コーナーで、じぶんの小説をプロの評論家に絶賛されたこともある。
 彼は大人になるうち、どんな名作にも必ずひとつは批判の意見があるものだということに気づいた。だれ一人として失望させていない作品が、世の中にはひとつもない。馬田はいつしか、読んだ人を一人のこさず感動させる世界一の小説を創り出す、そんなことを夢見るようになった。
 そしてそんな夢に想いを馳せて暮らしていたある日、馬田のもとにひとりの男が訪ねてきた。
  「やあ馬田、おぼえているかい。ひさしぶりだね」
 やって来たのは、大学でいちばんの親友だった鹿野という男だった。彼は子どものころから馬田にまけないほどの読書家だったといい、じっさいその読破量は馬田でさえ舌をまくほどだった。とうぜん知識もすばらしく、大学の卒業成績も馬田をおさえて一位だった。彼は小説の出来を見る目にすぐれていて、文学談義をすれば有名作家にさえどんどん食いつき、その出来を批判した。馬田以上に名作を知りつくした彼の指摘は正確でするどく、馬田はいつも感心させられていたものだ。
 そんな男が、大学の卒業以来一ヶ月ぶりに訪ねてきたのだ。馬田はなつかしむと同時に、すこし不思議に思った。
  「久しぶりだが、一体どうしたんだい。A出版社に内定をもらったと聞いたが、つとめはどうだい」
  「いやあ、あんな出版社はなっから行ってないよ。出版作品は、どれもこれもへたくそなやつばっかでね。
   働きがいがちっともないんだ」
 鹿野が笑いとばしたので、馬田はたいへんおどろいた。会社に行っていないことももちろんだが、その出版社は業界の最大手で、へたくそと呼べる作品などそうそう多くないはずだったからだ。
  「いやはや、驚いたなこれは。だが、それじゃあぼくのところに来たわけは何なんだい?」
 それは馬田にとってとうぜんの疑問だった。すると鹿野は、うん、とうなずいた。
  「ぼくは回りくどいことは嫌いだから、単刀直入に言おう。
   馬田、ぼくと一緒に、世界一の小説を作らないか」
 鹿野の言葉に、馬田はまたまたおどろいた。最初は冗談かと思った。だが、鹿野の目はまちがいなく真剣だった。
  「どういうことだい鹿野。世界一の小説を、合作しようということかい」
  「いやいや馬田、あくまでぼくは手伝うだけだ。
   たしかにぼくはずっと、世界一の小説を作ってみたいと思っていた。
   たくさんの小説を読んで、名作とはなんたるかをよく勉強したつもりだ。しかし残念なことにぼくは、
   じぶんで書く才能にだけは恵まれていないようだ。
   だがきみは違う。大学できみが書いて見せてくれた小説は実にすばらしかった。プロにだって負けちゃいないと思った。
   だからきみがその文才で書き、ぼくが少しの手直しをきみに教えるんだ。それを繰り返せば、きっと世界一の小説が作れる。
   ぼくはこの手で、世界一の小説を作る手助けをしたい。どうだい、一緒にやってみないか」
 急な提案に、馬田は混乱した。はたから見れば、これはずいぶん身勝手でえらそうな提案だ。馬田はしばらく迷ったが、彼は鹿野を信頼し、また尊敬もしていたから、その提案に悪い気はしなかった。馬田の夢もまた世界一の小説を作ることであり、きっと鹿野は大きな助けになってくれると馬田は思った。ちょっとした評論家など目じゃないくらいにたしかな彼の眼力は、だれより馬田が一番よく知っている。鹿野の推敲をいつでも受けられるなんて、腕をみがくのにこれ以上の環境はないだろう。
  「なるほどわかった。ぼくもまた、世界一の小説を書いてみたいと思っていたんだ。
   きみに論評してもらえるなら光栄だ、きみはぼくより、大学の成績もよかったからね。
   きみの眼は物語の悪いところを正確に見抜く、すばらしい眼だ。
   そんなきみと力を合わせたらきっと、ぼくはいつか世界一の小説が書けるかもしれない」
 馬田の言葉に、鹿野はうれしそうに力強くうなずいた。
  「ありがとう、馬田。ふたりでがんばってみよう。これからどうぞ、よろしく頼むよ」
  「こちらこそだ。おたがいがんばろう」
 ふたりはその場で、がっちりとかたく握手をかわした。


 それから馬田は、アルバイトをしながら少しずつ小説を書いて練習した。鹿野もアルバイトをしながら、さらにたくさんの有名作家の作品を読みあさり、名作の理想像を学んだ。
 ふたりは話し合って、ふたりともが納得出来る最高の小説が出来るまでデビューはしないことに決めた。世界一の小説を目指すふたりには、すこしでも欠陥がある作品を世に送り出す気などおこらなかったのだ。そんな歴史をのこしたら、世界一の小説家としての経歴にみそがつくと思っていた。
 話が決まるとすぐ、馬田は執筆にとりかかった。そして半年後、一作の小説を書き上げた。持てるちからをすべて出し切った、こん身の作品だ。馬田はよろこび、自信まんまんにそれを鹿野にみせた。
 ところが鹿野は、残念そうに首をふった。
  「これはたしかに素晴らしい小説だ。なかなかに面白く、バランスがとれている。
   だが、やはりストーリーがありきたりすぎる。人物の心情描写も、いかにもという感じで面白味がない。
   プロ顔負けの作品だが、しかしこれでは世界一の小説とは言えないよ」
 鹿野は冷たく言い放った。だが馬田は怒らなかった。鹿野の目はだれよりも確かだと信じているからだ。じっさい彼の指摘は心にぐさりと刺さるものばかりで、あらためて馬田はその眼力のすごさに感動した。そして馬田は返された原稿用紙の束をごみ箱になげ込むと、すぐにつぎの作品にとりかかった。
 それから半年して、馬田はあたらしい作品を書き上げた。こん身の作品だ。馬田は、それを鹿野に見せた。
  「だめだ。こんなに安直な比喩をつかっていては、世界一にはなれない。
   もっと深い、質の良い比喩を書かないと、世界の目の肥えた読者は感動してくれないよ」
 鹿野の言葉はやはり冷たかったが、馬田はなるほどと思った。たしかに、だれにでも思いつきそうな比喩をたくさん使っていた。なるほどこんな作品は、世にあふれている。馬田はまた原稿用紙をごみ箱にほうり込むと、ふたたび制作に取りかかった。
 そして半年して、あらたな作品がまた出来上がった。
  「良くなっているが、まだだめだ。進行の構成が素直すぎる。
   もっと技巧をこらした進行にしてごらん、物語がぐんと目立つようになるよ」
 馬田はまた納得させられた。鹿野の言うとおり、起承転結の基本どおりに工夫もせず書いていたからだ。たしかにこんな作品も、世にあふれている。馬田は原稿を捨て、また半年かけて次の作品を書いた。
  「一見すばらしいが、物語に深みがたりない。もっと含蓄のあるメッセージ性を込めないと、
   世界の読者はこれをありきたりの物語としか読まないだろう」
 馬田はうなずくしかなかった。世界の矛盾を描いた作品だったが、そんなことはどこかの哲学者か思想家がとっくにしゃべっているだろう。こんなメッセージは、小説以外でも世にあふれているはずだ。馬田はまた心あらたに、次の作品にとりかかった。

 そして10年がすぎたある日。馬田は、ついに何十作めかにして、じぶんで文句なしの最高傑作と思える作品を書き上げた。彼はそれをすぐ鹿野に見せた。読み終えた鹿野も、おもわずうーんと唸ってしまった。
  「いやあ、すごい。すごいよ馬田。
   ありきたりでない実に奇抜なストーリー、とおりいっぺんでない斬新な比喩、
   単純な起承転結じゃない工夫された展開、その裏に込められた深いメッセージ……
   すばらしい、ほんとうにすべてがすばらしいよ、馬田。
   どんな目利きの評論家でも、もはや批判意見は出せないだろう」
 鹿野はほんとうに心から感動していた。かれ自身、ここまで自分を満足させる作品は見たことがなかったのだ。まさに世界一の小説と称するに相応しい出来ばえだと感じた。鹿野のほめ言葉をきいた馬田も、おおいによろこんでいた。
  「ありがとう鹿野。ついに完成したんだね」
  「ああ、完成だ。実にみごとな、最高の小説だよ。」
 ふたりは思わずたちあがる。 
  「すばらしいよ馬田。まぎれもなくきみは、世界一の小説家だ」
  「感謝してるよ鹿野。まぎれもなくきみは、世界一の評論家だ」
 ふたりは、がっちりと握手をかわした。そしてふたりはそれまでに貯めたバイト代をつかって、小さな出版社を立ちあげた。ふたりの夢をかなえる舞台だ。
 まちにまった世界最高の小説は、こうしてようやく出版されたのだ。

  『……ある日ぼくは朝ごはんの食パンを見た瞬間、服を脱ぎ捨て全裸で旅に出ようと思ったのさ。』
  『……そのひと言にぼくは、まるで月と木星と冥王星が同時に爆発したような怒りにおそわれたんだ!』
  『……そしてぼくは最後に、じぶんで右腕を切り落としたんだ。なぜなら世界は、三角すいのようなものだからさ。 …End 』

 あらゆる要素において「ありきたり」を排除し、斬新な工夫をこらしまくったその世界一の小説は、馬田より本を読まない凡人に三ページでどぶに捨てられ、鹿野より見る目がない評論家によって世界一の駄作だとぼろくそにけなされた。世間にはだれ一人、その最高のレベルを理解できる者がいなかったのだ。プロにさえ出せないはずの批判意見が、素人からもどっさりと噴き出した。怒りにみちた愛読者カードが山のようにとどき、本屋からは返品の嵐が押しよせて、やがて小さな出版社はあっというまにつぶれてしまった。

 かすかに本屋にのこったふたりの作品の横では、ありふれた構成や比喩をつかった物語が飛ぶように売れていた。その売り場に店が取りつけた広告ポップには、「大人気、これぞ世界一の名作!」としるされていた。




 ……あっ、今ちょっと自分を殺したくなった(汗

 東方で書いた全ての作品を跳び越えて、黒歴史といえばこれが確実に私のナンバーワンの黒歴史!
 素で掲載を止めようかと迷いましたが――ぎゃあもう。
 
 正式名称web小説コンテスト、通称「おりこん」の第3回出展作品です。
 これが私の初めてのオリジナル作品だと思うと、一生消えないその肩書きに思わず昇天しそうです。
 ばかばかばか 
(初出:2006年5月8日 「おりこん」web小説コンテスト3 79作品中68位)