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【ぱちぇもえ】

  『ぱちぇましておめでとうございます。
   今風ならぱちぇおめ。略してぱちぇもえ!』


 今風って。
 
 手にした年賀状は鼠さんの絵の印刷切手でお年玉籤が付いていつも通り、だけどインクジェット紙。成る程今風だ。
 午前零時が駆け足で通りすぎ、新春お慶び申し上げてじゃあ神社に初詣へ行こうかしら等と真夜中に算段しながら屋外へ出てみたら鮮烈な葉書が一通、ぽつねんと寒空のポストへ放り込まれていた。ようこそようこそ、早速ですが新年おめでとうございます。ぱちぇもえ。
 誰の仕業だ。
 すっと考える、平素から大概畏れられてばかりの紅魔館に、こんな新年の文字通り早々、わざわざ外の人間が賀状をお届けにお越し頂けるとは考えにくい。
 メイド探偵十六夜咲夜の脳味噌の中で、迅速に内部犯有力説が台頭してくる。何しろターゲットはパチュリー様である。風の前の一輪の花触れれば折れてしまいそうなあの薄藤色の花、紅魔館のアイドルはふわふわの霞のような麗しのパチュリー・ノーレッジ様である。無口っ子図書館っ子病弱っ子と属性各種取揃え、攻略可能、立てば芍薬座れば牡丹で歩く姿は半病人。本日は夕食から二時間と置かず供した年越し蕎麦をそれでもがんばってお召し上がりになり、忽ちお腹一杯になって「むきゅ〜」と動けなくなり、小悪魔の介抱の下新年を待たずして地下の図書館にそそくさと消えた。例の番組の、蛍の光の合唱も聴かずに居なくなった。紅組が最近勝たないじゃないのとお嬢様は横で怒っていた。
 萌えた。どっちにも。
 しかしぱちぇもえ。
 美鈴あたりは「こんな時にいなくなるなんてパチュリー様はKYなのですよ」等と最近覚えた言葉を無理矢理使って批難したりしていたがとんでもない。むきゅうむきゅうと苦しむ姿こそ一年を彩るお姿に相応しい。嗜虐的な意味ではない。弱い女の子というのは万世に於いて魅力的なのだ。
 何はさておき、この年賀状。
 つか略してもぱちぇもえにならないだろ。
 颯爽と投函された不可解な年賀状だが、普通に考えれば、先の理由から内部犯と推定するのが自然――と、咲夜は判断する。ちなみに幻想郷にあって、12月31日の内に年賀状を投函してゆくような不届き者は居ないのである。そういう奴を最近、KYと呼ぶらしい。閻魔様が言っていた。それでいいのかしら閻魔。美鈴も使ってたけど。
 とまあどうせ館の中の誰かがやったことだろうと咲夜は推察するが、とはいえそれはあくまで可能性の一つでしかない。パチュリー・ノーレッジは侮れない。何しろあの可憐さである、ともすれば外部にファンも多いかもしれない。親衛隊とかファンクラブとか、狭い幻想郷の中でひとつずつくらいはあってもおかしくない。仮にも強大な魔法使いを捕まえて一体何を親衛するのかよく分からないが、ライトグリーンとかショッキングピンクのペンライトを持って「We Love Patche!」とかと叫ぶ人がひょっとしたら幻想郷の片隅の物陰の地下あたりで徒党を組んでいるかもしれない。パチュリー様は一方ならず魅力的なのだ。

「咲夜、準備が出来たわよ」
「あ、お嬢様……」
 
 準備、と言った割には平素と何ら変わりのない出で立ちでもって、レミリアが玄関から歩み出てくる。初詣に行かれるにしてはあまりにいつも通りの薄着だが、この程度の氷点下ならどうでも良いらしかった。
 ちょうどいい。
 日傘も要らずぶらり空いた手を嬉しげに胸の前でうーしてあそばせるお嬢様へ、早速に、今しがた見つけたばかりの巫山戯た年賀状をご覧に入れる。
 レミリアが覗き込む。
 
「ところでこいつを見てくれ。どう思う?」
「すごく……ぱちぇもえです」

 うむ、ぱちぇもえ。
 そうじゃないだろ。

「どこにあったの? これ」
「玄関のポストにこれっぽっち投函されておりました」
「新年の夜から?」
「新年の夜から。」
「美鈴は何をしてるのかしら、不審者は見境なく焼き払えとあれほど」

 そんなバーサーカーな。
 てゆうかそんなこと言ってあるんですか? あの門番に。普通に初耳ですが。
 道理で畏れられる訳ですねこの館。無駄なほど。

「しかし内部犯の仕業ね、これは」
「あ、お嬢様も思われますか」
「思うわね」
「思いますでしょ」
「つまるところ」
「何でしょう」
「内部でぱちぇもえ」
「ええ内部で」
「渡さない」
「は?」

 すっと、レミリアの眉間に皺が寄る。 

「渡さない渡さない渡さない……」 

 そして突然、うわごとのように喋り始める。淡々と。壊れた玩具とは、こういう事を言うのか。
 どこか恍惚を滲ませた、ややニヒルでうっとりとした表情で、しかしこちらをちらり一瞥、殺伐とした眼光を炯々と双眸に湛えるレミリア。
 いや――どうしましたかお嬢様。

「、あの」
「パチェは誰にも渡さないッ!」
「イェイッ! っていや、今は渡すとか渡さないとかそういう話じゃなくてですね」
「パチェは私の物よ」
「落ち着いてくださいお嬢様」
「誰にも渡さないんだから」
「落ち着いてくださいお嬢様」
「渡さない渡さない。癖一つも無い柳のようなあの紫色の美しい絹髪に、ナンピトの指一本たりとも触れることはさせない」
「落ち着いてくださいお嬢様」
「そのくせツインテールにしたら幼く見えて一層可愛くなるパチェを渡したりはしない」
「落ち着いてくださいお嬢様」
「ポニーテールで少し健康的なイメージを抱かせるパチェを渡したりはしない」
「ショートカットを想像してみるテスト」
「あああああ最高っ」
「ボブカット」
「素晴らしい」
「ドラゴンテール」
「どんなのそれ?」
「どんなんでしたっけ」
「……」
「……」
「虎刈りなんかも」
「落ち着きなさい咲夜」
「すみません」
 
 大した正月だ。玄関先で。というか寒い。氷点下だった。
 さてレミリアの眼光は心持ち鋭さを増している。いかん。年賀状の犯人では無さそうな具合だが、肝心のパチェを渡す気はないらしい。これは今一度、パチュリー様奪還について作戦を練り直す必要性があるだろう。家主相手では分が悪いが、時間を止めて時間を掛けてゆっくりゆっくり考えればいい。
 いやだからそうじゃなくて。年賀状。

「じゃあ……一体誰なんでしょう? この年賀葉書。お嬢様、心当たりとか」
「パチェ本人じゃないの?」
「さすがにそれはないかと」
「咲夜、私は内部犯だと思うわ」 
「それはさっき聞きました」
「パチェは渡さないわよ」
「ドレッドヘアーとか」
「良いわね」

 良いんですか。

「だーからー、言い出しっぺの咲夜が考えられる人間を当たってみればいいじゃない。ウチの中で、そんな大それたことができる奴なんて数が知れてる」
「そうですねえ。あとは妹様とかメイドの連中、あとは……」
「あー! お待たせしました咲夜さん、その他一名」

 咲夜の横から対象物へ神閃の回し蹴りが炸裂した。これは速すぎて見えない。
 直線的な軌跡に肋骨を瀬戸物の如く砕かれた女武闘家は、膝を折り、ごふりと赤黒い息を圧搾するように吐き出すが、しかし血に汚れた頬を歪めてにやりと立ち上がる。

「あけましておめでとうございますお二方」
「おめでとう」
「おめでとう」
 
 花のような笑顔で新年の会釈をする美鈴は出来る女だと思う。あまり見習いたくもないけど。

「えぇ新年おめでとうおめでとう。では早速、これについて詳しい供述を聞きたいんだけど」
「は?」

 レミリアが話を急ぐ。きょとんとする美鈴の眼前に、件の葉書をびしいっと突き付けた!

「近すぎて見えません」

 離した。

「……なんですか? これは」
「年賀状」
「見れば分かります」 
「分かるなら正直にゲロった方が身の為よ。アンタでしょこんな巫山戯た物!」
「――ええぇそんな急展開?!」
「ネタは上がってんのよ!」
「まだ上がってませんわお嬢様」
「咲夜は黙ってなさい」
「かしこまりました」
「ちょっと待ってください! 何が何だか私さっぱり」
「しらばっくれるんじゃないわよ咲夜と今二人でアンタに間違いないという結論に達したところよ」
「咲夜さん!?」
「お嬢様、私はまだ」
「お黙り」
「かしこまりました」
「咲夜さぁん!?」
「というわけで吐け……」
「し、知りませんってば私こんな葉書! 私の筆跡じゃありません!」
「アンタの筆跡なんて私が知るわけ無いでしょ!」

 あらまあひどい。一応家族でしょうが家族。
 レミリアの新年早々湯気になって立ち上る怒気に気圧されて、美鈴が思わず後ろ足に蹈鞴を踏む。

「お嬢様」

 というわけで咲夜、忠言を破りつつお嬢様を窘めるのであった。主人の暴走に、時として身を挺すのもメイドの役割であると心得ている。
 むぅ、としかめ面をするレミリアは少しだけ気を鎮め、黙り、しかし眼光は依然として目の前の家来を鋭く射抜く。
 あ、家族じゃなくて家来か。そりゃ筆跡も知らないかもね。納得。

「……美鈴」
「は、はい」
「私の目を見なさい」
「あ、はい!?」
「……」
「……」
「あなたは本当に、この葉書を出していない?」
「もちろんです」
「本当にほんとうに?」
「私じゃありません! 天に誓って神に誓って」
「……」
「……」
「美鈴」
「なんでしょう」
「つまりパチェが嫌いなのか」
「そんなことはありません! 敬愛しております」
「ほうパチェのどの辺が好きだ」
「は?」
「アイツのどの辺が好きかっつってんだろコラ!」
「は、はいっ!! えっと、強いて言うなら手首とか耳たぶとかくるぶしとか鎖骨とか髪を掻き上げたときのうなじとか」
「全部フェチじゃないか!!」
「す、すみませんっ!」
「長い前髪に隠れた目許や睫毛だって良いでしょうが!」
「え? ……あ、はっ! 忘れておりました!」
「白魚のような指、ページをめくるときの動きのしなやかなるは清かにして妖艶な矛盾の融合」
「素敵です――!」
「サイドに流した髪をすっと掻き分ける仕草」
「本を読んでいると前髪も落ちてきて」
「さっと掻き分ける」
「その仕草もたまりませんよね〜」
「たまらないね」
「月の髪飾りをあそこにつけた人はノーベル賞に匹敵すると私思います!」
「ゆったりとしながらもほっそりと身体のラインが出るあのワンピースをデザインした人は紫綬褒章ね」
「アパレル業界のバロンドールを差し上げたいですっ!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「お前があの葉書出したんだろ」
「ち違いますっ!」
「うそつけ」
「うそじゃありませんっ」
「……」
「本当に違いますってば!」
「……」
「……」
「……カツ丼、食うか」
「さっき蕎麦食べたじゃないですか」

 額にシャイニングウィザードが決まった。
 血飛沫を上げて惰性のまま後ろ向きに昏倒する女武闘家は純潔の白雪をその禍々しい緋色に染めて全身弛緩、くはっ、と虫の息を吐きながら、しかしまだ終わっちゃいないぜと呻くように呟いてふらつく足で立ち上

「そんで咲夜、美鈴じゃないとしたら誰なの」
「あ、お話終わりましたか。――そうですねえ、まあ、まだ思い付く容疑者がいないでもないんですが」
「まさか、妹のこと?」

 すっと、レミリアの眉根が吊り上がる。

「いえいえ、フランドール様はまず無いかと――だいたい本日は、今日も今日とて地下室にこもりっきりでいらしてましたし」

 険しさを増した雰囲気を凛と突き跳ね、咲夜は冷静な口調でそう断じた。妹想いのレミリアお姉様、その先を制しての一言である。
 とはいえ別に、レミリアに阿ったわけでもない。それは咲夜の、紛れもない正直な所見であった。
 何となれば――そもそも、フランドールはパチュリーとあまり触れあっていない。
 パチュリーは基本的にフランドールを平素から邪魔者扱い――もっと直截な表現を使えば、痴れ者扱いにしていることは間違いない。あのフランドールを相手にしての扱いとしては随分怖い者知らずな振舞いだが、パチュリー、まあその辺はレミリアの最古参の友人として、割と開けっぴろげな態度表明が出来るらしい。触れずに済むのなら誰もが触れずに済ませたいと思っている狂気の吸血鬼フランドールを、羨ましいくらい露骨に邪険に無視している。それなりに羨ましい。
 そんなわけでフランドールの方も亦、パチュリーをせいぜい姉の悪友程度にしか認識していないはずである。
 間に挟まる咲夜は、しかしそれが複雑でもあった。仮にも家主の妹なのだからもう少し家族の絆という物を培っても良いと咲夜は常々思い、しかし、それは或いは人間的感情で物を言っているのかもしれないと思い口を慎んでいる。差し出たことだとも思う。だからこの大晦日にしたってフランドールが地下のテレビでケーブルテレビAT-○年越し企画のARI○1期2期全話一挙放送に齧り付いているのをせいぜい無視して、彼女には結局年越し蕎麦の一つも拵えてやらなかった。それはまあ、レミリアお嬢様の御意向でもあるのだけれど。
 まあ要するに件の葉書についてフランドールの線は考えにくいという話で、この年賀葉書を出す容疑者を考えるにあたり、パチュリーに近しい人間が、並びに彼女に対して親愛の情を抱いていることを第一の必須条件として考える必要があるだろう。
 と、咲夜の脳細胞が滔々と語っている。

「考えられるとしたら……アイツかしら」
「あら咲夜、まだ心当たりがあるのかしら」
「はぁ……パチュリー様が手下のようにこき使ってる、あの悪魔というか何というか」
「あー……そういえば住み着いてたわね、そんな小悪魔っぽいのがあの図書館に」

 そんなの、と来た。だから家族だってのに。
 とはいえ――少々冷淡な話だが実のところ、それは致し方ない部分もある。何故なら数が多い。やたらに多い。実際、あのだだっ広い汗牛充棟の図書館のどこにいても、大小様々なゴブリン的生物を割と見かけることが出来る。かの図書館が腹に湛える魔導書の蜜へ蝶々のように引き寄せられてすっかり居着いたりとか、若しくは逃げたくとも本の魔力へ囚われてしまって抜け出せなくなったメトロポリタン○ュージアムな悪魔属はかなり沢山いる。うようよ。
 人間である咲夜にしてみればその一体一体がいっぱしの知的生命体に見えて、中々ぞんざいに扱えないのだが、高等生物のレミリアさまさまにしてみれば、ませいぜい砂糖に飛び回るハエ程度にしか考えていないようである。実際知性に乏しい下等連中も多く屯しており、ハエと評してあながち間違いとも言えなくはある。

「で、その中に一匹、いっとう力を持ってる子が特にパチュリー様と親しくしているようですが」
「そんなのが」
「司書、的なことをしてるようです」
「それはまた大層な」
「ええ。まあ手伝いの真似事の擬きっぽいことみたいですが」
「大分薄まったわ……」
「しかし一緒に過ごしてる時間を考えれば、私どもより遥かに多いかと」
「何ですって」
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」

 レミリアお嬢様のダブルラリアット、カッコザンギ○フ登録商標カッコ閉じる、が炸裂する。弱P中P強P。ぐーるぐる。
 小悪魔はしかしザン○エフ・スカーレットの軌跡を迅速に見切り、両腕を突っ張ってぐるぐる回る馬鹿っぽい吸血鬼をまったく無駄の無い足捌きで華麗に躱してみせた。
 美鈴よりやるんじゃないかね、これは。

「何だか呼ばれたようなので参上してみました」
「良い度胸ねヌケヌケと」

 レミリアの殺気が再び勢いを増す。いつにも増して瞬間湯沸かし器である。
 小悪魔の方が飄々と受け流していると、それがいよいよ気にくわないのか頭から湯気まで昇り始める。
 普段からこんな感じと言えばこんな感じだが、やっぱりパチュリー様が絡むとこうなっちゃうのですよねえ、お嬢様は。

「何か言った咲夜」

 いえ別に。

「アンタがパチェを図書館で恣にしているという小悪魔ね」
「ええ、ほしいままにさせていただいております」
「お嬢様はホシイママと明言するのがイヤだったのでわざわざ漢字変換されたのですが空気を読みませんでしたね小悪魔」
「咲夜」
「差し出たことを申しました」
「レミリアお嬢様……ですよね」

 小さな悪魔が、じーっと紅い悪魔に目を見張る。紅い悪魔が、じーっと小さな悪魔に睨みを利かす。
 しばらくガンの飛ばし合い。小悪魔は意外にも、一歩として引く気配を見せない。
 美鈴より出来る女なんじゃないかね、やはりこれは。
 
「まあ細かいことはどうでも良い。どうやら口の利ける悪魔属みたいだし、こういったしょうもない年賀状の一枚くらい書く能は持ち合わせてるんでしょうね」

 いよいよ舞台は佳境、事件の核心に迫りゆく一瞬。
 容疑者は次第に絞られてゆく。フル回転する探偵の脳細胞。
 レミリアが件の年賀葉書を懐より取り出して、水戸の印籠が如く小悪魔にずどんと見せつける!

「遠すぎて見えません」

 近づけた。

「これこそがさっき、新年迎えてまだ間もない真夜中のポストに放ってあったモノ」
「ははー。これは面白い一枚ですねえ」
「認めるのね。潔いじゃない」
「いえいえ、しかしこれは私ではありません」
「潔くないじゃなーい」
「ですから私じゃありませんってばー。そもそも私がパチュリー様に年賀状を差し上げるなら、わざわざ玄関にまで出向かずとも図書館の中で」
「うぐ」
 
 痛恨の一撃。お嬢様劣勢。
 というか、無理な因縁に対して至極真っ当な正論で突き返されただけのことである。結果は必定だ。
 正直メイドとしては、ご主人様を助太刀したい気分が半分。このまま成り行きを見守りたい気持ちがもう半分。おまけとして正直どうでも良くなってきたという気持ちが七割五分。
 お得感のあるおまけである。要するにそろそろ初詣行きましょうよ初詣。そういう話である。

「ったく……ちょっと一緒にいる時間が長いからって、パチェの事何でも知ってるような顔をするんじゃないわ」
「じゃあレミリア様はパチェさまのすべてをご存知なんですかー?」
「!! ばっ、バカ! パチェのすべてなんて、そ、そんなっ……!」

 何赤くなってるんですか。お嬢様。
 思春期ですかあんたは。

「レミリア様には申し訳ないですが、私はパチュリー様のこと大好きですよー」
「だっ……!?」

 レミリアの顔が、別の方向へ一気に赤くなる。分かりやすい。
 それにしてもまあ、純真無垢にして素直な反応であると咲夜は思う。他意のない「好き」とかそういう言葉にさえ過剰な反応を示すのは、思春期の女の子によくあることだ。小悪魔あたりはまた、絶対分かっててそういう言葉の選び方をしているので小憎らしい。まさに小悪魔的である。だから何だ、といえばそれだけの話でもあるのだが。
 五百歳なんだからいい加減老成しなさいよ全く。
 と、赤ら顔のお嬢様にそんなことを思わなくもない。なくもなくもなくもない。

「大体、パチュリー様のことをご存知じゃないのはレミリア様の方じゃないですか」
「ほほう聞き捨てならないな」
「パチュリー様が魔導書をしたためておられるときは、いつもとても夢中の顔をしておられます。年頃の少女のようで本当に可愛らしいのですよ」
「はは、そんなのは私だってずっと昔から見てきた」
「夢中になり過ぎると、途中無意識で猫みたいに手の甲で目頭を擦られる癖があります愛おしすぎます」
「常識中の常識ね」
「最近おかけになっている小さな眼鏡の可愛らしさと言ったらもう」
「そりゃもう……って、え? 眼鏡?」
「最近は蜜柑がお好きになって、一房口に運ばれてはその都度指をぺろぺろ舐めておられます」
「え……パチェは蜜柑苦手だったような……」
「十二年前に食わず嫌いが矯正されました」
「あ……そう……」
「あと私は今、パチュリー様の寝言を過去三十年分は言えます」
「うぐ……あ……」

 順調に劣勢になってゆくレミリアであった。めでたしめでたし。
 そう結局のところ、レミリアもあの図書館にはあまり近寄らないのだ。別に思うところがあるとか苦手だとかというわけでもなく、単純に興味を持っていないようである。元はといえば自分、並びにその先祖累代の血統が集め果たしてきた魔導書だが、それは単にスカーレット一族の莫大な富力の一角にすぎないらしく、それ以上でも以下でもなく、現当主さまにあってもあれほどのお宝をせいぜい道楽程度にしか考えていないのであろう。大切な蔵書の数々をパチュリーの思うままに使わせているのは、信頼も勿論あろうが、万が一のことが起きたところで大して痛手でないという感覚が先にあるものと思われる。
 そして、それがゆえに――といっては何だが、本大好きっ子パチュリーとレミリアが起居を共にしている年月は、少なくとも咲夜が知る限り一度として流れていない。小悪魔ではないが、本の魔力に一番囚われているのは今も昔も、誰あろうパチュリーその人である。食事時くらいは一緒に過ごしているが、たとえばパチュリーの方が妙な研究に熱を上げたりすると、二週間くらい図書館から出てこなくなることもざらにある。レミリアとパチュリーは、恒常的に顔を合わせている日月の方が少ないのだ。
 その点、小悪魔はパチュリーの本拠地たる図書館に居着いて四六時中同じ場所にいる。司書手伝いを自任している節もあり、またパチュリーもそれなりに信頼を置いているらしい。生きてきた年月はさて知らないが、ここ最近に限って言えば、たとい家主のレミリアとて、パチュリーへの親愛で小悪魔に勝ち目はないらしかった。
 ちなみに、眼鏡は咲夜も初耳である。
 図書館内で机に齧り付いているパチュリーは咲夜とて何度も目にしているが、どうやら図書館に立ち入ったときはわざわざ外していたらしい。
 まったくパチュリー様ったらもう可愛いんだからっ。
 しかし見てみたい。

「……そ、それで……パチェの眼鏡は、どんななのだ」

 そしてここに、堪え性のない悪魔一匹。

「小さな、女の子らしい可愛い眼鏡ですよー。ご自身は最初恥ずかしがってらっしゃったみたいですが、私が勧めまして」
「アンタが!?」
「ええ。あれは二年前ほど前になりますが、ふと私の言葉に耳を傾けられて初めての眼鏡をおかけになって……」
「疲れてたのかしらね、パチェ」
「おずおずと恥ずかしげに『ねえ、可愛い?』って振り向かれたときの頬染め顔は未だに忘れ得ません」
「うぐっ……!」
「今ではすっかりお気に召したようで、わざと鼻眼鏡にして『紅魔館をどげんかせんといかん!』とか毎日のように仰ってますわ」

 それは何か違わないか。
 まあ、どうでもいいとして。
  
「というわけでレミリア様咲夜様、私はわざわざそんな年賀状をポストに放り込んだりしません」
「……ということだそうですよお嬢様。何がどういうわけなんでしょうね、サッパリ分かりません」
「良いのよ咲夜。こいつじゃないわ」
「あら、――随分あっさりと引き下がられますね」
「良いのよもう」
「ああ、いえいえお気持ち分かりますよ。圧倒的戦力差を見せつけられてその上年賀状まで小悪魔ってことになったら、そっちの方が色々と収まりませんからねえ」
「口を慎みなさい咲夜」
「申し訳ありません」

 本当に思春期かこの悪魔は。
 心中そんな突っ込みを入れながら、咲夜は件の葉書を掌中で弄ぶ。
 ここまで遊んでおいて、結局外部犯か。外部の人間とあらば、そこで探偵・十六夜咲夜の出番は終了である。外部の人間がどんな葉書を寄越してこようと、究極的にはどうでも良いからだ。内部の人間がぱちぇを奪おうとしたのであれば看過できない由々しき事態だが、ひとたび鉢が外に向いたら、そもそも探りようも無い話になる。それでも叡智を誇るパチュリーあたりなら安楽椅子探偵よろしく犯人を突き止めてしまいそうな烽フでもあるが、今回は案件が案件だけに、彼女に話を通すわけには行くまい。
 まあ新年早々大騒ぎしてみたものの、事態は結局、収まるべき場所に収まってしまったということである。
 大山鳴動して鼠一匹、という具合か。

「咲夜」
「何でしょう」
「…………初詣、行きましょうか」

 ボロ雑巾のようなレミリアの一声で、集まった四人が深く頷く。
 無言であった。
 途方もない疲労感だけが、冬の紅魔館を支配するのだった。

「美鈴、悪いけど先導役は任せたわ」
「構いませんが……良いのですか、パチュリー様とフランドール様は」
「パチュリー様なら、私が出てくる前に図書館で本を読んでいらしてましたよー。新年最初の日も、いつも通りってことじゃないですかね」
「フランも構わなくていいよ。総出で新年を祝うなんて、アイツはそんな柄でもないから」

 小悪魔とレミリアがそれぞれ、二人の予想図を簡素に披露する。
 笑ってしまうくらい、自然な予想だった。
 予想の出来具合は元より、そもそも咲夜、或いは美鈴あたりが何か言葉を返せるわけでもなく、ただ四人は顔を見合わせ、うん、と頷き合って終わった。
 足が、博麗神社の方角を向く。

 誰も、何も問いかけなかったし、言い出さなかった。
 それきり、美鈴も、小悪魔も、レミリアお嬢も、まだ煌々と灯りを残す紅魔館に背を向けた。年賀状はさておき、残された二つの案件は彼女たちが犯人となって、冬の屋敷に取り残される。
 内部犯の事件が、現在進行形で咲夜の瞳に投影される。
 ――人間的感覚、と言ってしまったら、それこそ楽になるのかもしれない。

(どうなんだろうな……)

 咲夜の胸に、小さな木枯らしが巻き起こった。木枯らしはつむじを作り、降り積もった雪を巻き上げ、冷ややかな吹雪となって心を覆い尽くしてゆく。
 おまえはメイドでしかないのだから。
 そう、自分に小さく言い聞かせる。
 自分が何かを出来る分限にないことを、ここで、承知するより他はなかった。それ以上の能を、咲夜は持ち合わせていない。仮にそれ以上足を踏み出せば、深雪に足を取られると分かっている。自分が眺めているのは表層の雪である。一瞬に降り積もった白雪のその下に、長い年月の根雪が深々と積もっているのだ。目に見えるのはひとときの雪だけであって、太古の日々から降り続けた雪の深さを咲夜は知る由もない。小さな人間の背丈をそのまま覆い尽くしてしまうくらいの雪が、紅魔館には降り積もっている。積もり積もっているのだ。
 分かっているから、遠回りしてきたのではないか。避けてきたのではないか。

「咲夜、置いていくわよ」

 遠く意識の向こうから、レミリアの声が聞こえる。
 大好きなご主人様の可愛らしい声は、降り続く雪よりもどうしてか冷たく触れた。数歩先を歩いて行ったその距離よりもずっと、遥か遠くから発せられているように聞こえる。歩いてゆけない雪道が、そこに横たわっているような気がする。
 手を伸ばして届く距離かもしれない。そこに、手を伸ばしたくない。伸ばす手の指が、ひりひりと悴んでゆく。
 その小さな身体は、妖怪を、悪魔を、吸血鬼を相手にして、どこまでも小さく。

「……失礼しました。参りましょうか、初詣に」
「咲夜?」
「何でもありませんお嬢様。霊夢も喜ぶことでしょう」

 悟られてはいけない。悟られて良いことではないのだ。
 悪魔は一笑に付すだろう。何ら気にしないだろう。だからこそ、人間にしてメイドである自分が、顔を変えてしまってはいけない。哀しい顔をしてはいけないのだ。
 咲夜は口を真一文字に引き結ぶ。
 当て所ない不安と寂寞は、意味もなく口にした、同じ人間の名前に紛れ込ませて吹雪に流す。
 先を歩こうとしていた三名は、それぞれ示し合わせたようにこちらをじっと見ている。

「失礼を致しました。参りましょう、お嬢様」
「あ」
「何をしてるんですか司書悪魔」
「あ」
「ぼさっとしないで美鈴」
「あ」
「いやもう、お待たせしたのは申し訳ありませんでしたから、そうやって今度は私だけ先行させるとか嫌がらせをしないでいただけるとありがた……あ」

 あ。

 そこでようやく、後ろを振り返った咲夜が最後に気付いた。
 彼女らが、咲夜を見ていたわけでなかったこと。
 引きちぎろうとしたその穂先を掴む者が居た。引っ張る者が居た。
 思わず咲夜の口が開き、その向こうにふわふわと柔らかい紫色の曲線を認めて、何だか肩の力が抜けるやら笑いが零れるやら。
 そういえば氷点下だった。寒い。

「初詣でしょ? 私も行くわ」
「……お腹はもう大丈夫なの? パチェ」
「へいき」

 相変わらず口数は控えめな御方である。
 なんだ来たのかー、等と軽口を叩きながらレミリアも小悪魔も美鈴も、おしとやかな魔女パチュリー・ノーレッジに手招きをしている。パチュリーは無表情に一つ頷いている。蕭々と嘶く風が大変寒く、やり場のない仄かな熱を茫然と持て余す咲夜の隣を、渦中の魔女は音もなく歩み抜けて悪魔達に合流する。足に絡まる雪に何やらぶつくさ文句を言っている。咲夜の前からも後ろからも文句ばかり。
 後ろ?

「あー、もう、雪全部吹っ飛ばしちゃっても良いかしら」
「……相変わらずのがさつ者が。姉として情けない」
「五月蠅いわねー」
「大切にしておけ」
 
 それは咲夜自身も確か、久々に見る人影である。
 七色の羽根は先ほどの紫色と同じ曲線を描き、吹き荒ぶ吹雪じみた夜風の中にふわふわひらりと舞い踊っている。姉の軽装も温かげに見えるほどこちらは輪を掛けた薄着で、吹雪も文字通りどこ吹く風の無邪気な所作であっさり深雪に駆け出す妹様のシルエットは、どこかしら何かの冗談のようである。立ち竦む咲夜の肩を、金色のツインテールが一房くすぐって、悪魔の妹もまたあっさりと姉達魔女達に合流を果たす。
 悩んでいた胸の吹雪がバカらしくなるような、穏やかな雪の狭間の小春日和。

「妹様お久しぶりですー」
「やあ門番」
「美鈴です。そろそろ覚えてください。それにしても初詣にご同行とはまた珍しいですね、何十年ぶりでしょう。どういう風の吹き回しかしら」
「どう見ても冬風の吹き回しです本当にあり」
「そんな即物的なことは誰も訊いてません」
「何でって言われてもそうねぇー。久々に霊夢に逢いたいから?」
「あらあら、霊夢が聞いたら涙でも流しそうな科白だこと」
「賽銭は弾んであげなさいよ、フラン」

 わいわい。
 がやがや。

 とまあ、つられて、咲夜も笑う。
 湿り気と乾き気のある笑いを自覚し、寒さも温かさも無い、位相のずれたような居心地に覚ゆるは昔日の記憶。
 あれは。
 メイドになってから数えて今日が何度目のお正月かは忘れた。すっかり忘れた。
 ゆえにもう遠く、過去遥か遠く忘れてしまっているけれども、あれは。
 あれも確かいつぞやのお正月、華やかな日だったと思う。

 ――人間はどうやっても、妖怪化生には敵わないのさ。

 お祭り気分に絆されたレミリアが珍しく痛飲して、潰れそうな酔いに紛れさせて、そんなことを言った日があった。まだ新米メイドだった頃だと思う。ふと、あのときのもやもやが蘇ってくる。
 その時ただの尊大さの顕現として受け取った朧気な記憶が、幾度かの冬を越えて今刷新されるのだった。
 やはりあの紅い悪魔は気高く、美しく、そして五百歳なのだ。思春期だけど。
 知力でも体力でもない。
 悪魔達の雪の深さは、悪魔達にしか超えられないのか。
 人間の感覚で物を言うことは、悪ではないが不毛。根源的な寂しさはといえば、それこそメイドの滅私奉公の精神で深雪に葬るべき事なのかもしれない。
 ――そう例えば、五百年ほどもメイドをやったのなら、その時はレミリアの酒のお相手でも出来るかもしれないなあ。
 寂しさを零し合う、夢のような時間が。
 つまりそれは悪魔の宴、である。
 と、いうことなのだろう、か。

「何だかみんな、随分疲れてるみたいだけど」

 パチュリーが訝しげに零す。よく見るとこちら様は普通に寒さが堪えるのか、すっかり着物達磨状態であった。
 これは凄い。何枚着込んでいるのだろう。

「あー……まあね。折角だからパチェにも見せてあげるわ」
「?」
「ははあ、パチュリー様本人にお見せするのも面白そうですね!」
「良いかもしれませんねーあはは」
「何? 何なの?」

 さて、本当に何枚着てるのかなー。ちょいと推察。
 コート三枚。ベスト四枚。セーター六枚。シャツ二枚。ブラ三枚。
 メイド探偵・十六夜咲夜の脳細胞……というか目。目がそう推察した。
 最後の三枚は果たして何か意味があるのかよく分からないけども、まあそう思うくらい物凄い。
 動けることが何かの奇跡に見える。凄い。丸い。
 つか魔法使えば良いのに。

「パチェ、フラン、これが二〇〇八年最初にウチへ来た年賀状よ」
「じゃーん!」
「怒らないでくださいねー、パチュリー様」
「何これー」
「…………あー、」

 気付けば随分賑やかに騒いでいる。年賀状、そういえばそんなものがあったなあというかよく考えれば諸事の発端がそれだった筈だが、何だかそっちもどうでも良くなってきたような気がしていた。
 しかし、忘れてはいけないことである。
 忘れてはいけないことだけど、しかし。
 よく考えれば内部から犯人を掘り当てたとして、一体どうするつもりだったのろうか。
 咲夜は今になって考える。ふっと冷静な想像を働かせると、レミリアお嬢様が暴走して犯人を始末するとかそういう血塗られた結末しか思い浮かばず、結局それを止めるのが自分だっただろうと思うとえらく馬鹿馬鹿しいことに新年早々時間を費やしていたというか

「それ、…………私の」

 一体何やってたんだろうと呆れ返るばかりでもある。今まで冬空の下わいわいと、寒い中後先も考えてないことをよくもまあ
 ……パチュリー様、今何と?

「――パチェ。ごめん、もう一回言ってくれると幸甚至極」
「私が出した年賀葉書」
「……」
「……」
「……」
「……」

 ……。
 おい。

「パチュリー様、失礼ながら」

 いつ如何なる時も瀟洒。それが十六夜咲夜である。
 衝撃の告白をなさったパチュリー様を前にして尚その声音は落ち着き払い、静かに、怜悧端正な口調で居合わせた全員の思いを代弁する。その役割を自任、一身に背負い、言葉を選んで一言。

「どういうおつもりであんなものを」

 パチュリーの顔がほんのり、じんわり、しっかり、強烈に紅くなった。
 あらら。どうなさいましたか。

「えっと……あけましておめでとう」
「おめでとうございます」
「おめでとう。そうじゃなくて」
「えぇ新年ですがそれでどうされたのですかパチュリー様」
「それは……つまりその、新年というのは新しい年で」
「そうですねえまあ」
「それで、新しいNになるから、気持ちを換えて……今年はちょっと、その……」
「今年はちょっと?」
「思い切って、ギバチャンの年にしようかな、って」
「…………イメチェンですか?」
「それ。イメチェン」

 ロリはやめとけ! とか言わなくて良かった。
 いやだからそうじゃなくて。

「年も明けたし、今年はちょっと自分なりに……その、……うん」

 もごもごと恥ずかしそうにそれだけ言って、パチュリーの口元が分厚いマフラーの中に埋没してゆく。ジト目が伏し目に変わりやがて視線を逸らし、頬は相変わらず紅色に染まったままで、いよいよ前を向いていられなくなった恥ずかしがり屋さんの顔は地面を向いて持ち上がらなくなってしまった。
 咲夜の肩から、力がずり落ちる。
 イメチェン。
 はあ、……いめちぇん。
 その目的に対して執行された手段が、つまるところ、「ぱちぇましておめでとう!」だったというわけですか。
 「略してぱちぇもえ!」だったというわけですか。
 はあ。
 ええっと。

(何か違うだろ、常識的に考えて……)

 吹雪の紅魔館。
 無言の紅魔館。
 轟々通りすぎる吹雪。氷点下の風と一つになった心。
 暫しの無言。

「…………パチュリー様かわいい!」
「黙りなさい美鈴」
「いえ、可愛いですよパチュリー様」
「パチェもキャラ変わったねー」
「キャラ言うなフラン」
「パチュリー様、」

 咲夜も何か、声を掛けようとして。
 その前に、思わず自分の方が笑ってしまった。言葉は言葉にならず、突き崩れるように巻き起こった美鈴達の大笑いで押し流されて消えた。
 渦中に置かれたパチュリーの方はといえば、もう何も言えませんといった具合で、その御姿はものすごく小さく見えた。
 そして、中くらい程度には、大きく見えた。

(人と妖、か……)

 もう、何なんだろう。

 生きる年月の長さが違うということを突き付けて、そこに線を引くのは簡単だった。それは言わば、諸事の根拠となりうる。
 なればこそに、それが十六夜咲夜の悪い癖なのだと悟るのだった。
 自分は或いは、妖怪に近づきすぎている。
 だから、こんなに簡単なことが見えなかった。
 レミリアは意地悪だしフランドールは気むずかしいし、パチュリーは無口だし美鈴は天真爛漫すぎるしで、本当のことを誰も教えてくれない。全て自分で学ばなければならない。それ故に、自分という小さな人間は、いつまでも人間でしか居られないのだろうと思う。このまま五百年メイドを続けても、自分はきっと人間のままだった。
 人間から見た妖怪達は、見えているから見えていないのだ。
 パチュリー・ノーレッジというこの大長命の魔女が、こうして迎える新年で、自分を変えようとしている。
 来る年は誰にも来る。
 そんな簡単なことに、十六夜咲夜はどうして、難しい垣根を思い描いてしまうのか。
 気が付けば一通り、玄関にみんなが揃ってしまった今この時間に、何を憂える意味があるというのだろう。人間だからとか悪魔だからとか、そんな不思議な舌禍に惑わされて、浮ついた新年紀行が吹雪に揺らいでいたというのに。
 小さなことであるが故に、見えなかった。それが新年の慶びであり、十六夜咲夜の綻びだった。

「咲夜、ちょっと」

 レミリアが呼び、咲夜は彼女の許へ歩み寄る。
 レミリアは少し笑い、するとその口が、ふと咲夜の耳元に寄せられた。
 息がふきかかる。
 その温かさに、どきりとする。

「何も心配することはない」 
 
 早鐘に掠れた聴覚が、レミリアの言葉を柔らかく包んで呑み込んだ。
 吹きかけられた吐息の温かさで耳は痺れ、それが脳髄の奥の奥まで満たして、氷点下の風が寒さを失った。
 砕かれた想いは制御を失って、安堵に似た熱気に変わり、目頭を襲う。つん、と鼻の奥が縮む。
 じわりと、目の先に熱が集まってゆく。

「泣くな、バカ。凍るぞ」

 レミリアが可笑しげに、羽根を揺らした。
 フランドールとパチュリーの二名を迎えて喧噪いよいよ高らかに、すっかりと忘れ去られた木枯らしの寒さがつむじを巻いている。紅魔館の庭。
 レミリア様は格好つけだと咲夜は思った。
 やはり思春期なのだ。
 不要な蟠りが、涙の熱に溶けて消えてゆく。火照りはまた木枯らしに冷やし直されて、あっという間に元通りになる。
 微笑むレミリアの向こうで美鈴がバカ笑いをして御機嫌フランにぶっ叩かれた。相当痛そうだ。悶絶している。これはもうダメかも分からんね。
 ごほん、と一つ咳払いをした。
 まったく、気苦労は絶えないことだ。美鈴も自分も。
 さて、本年も瀟洒なメイドとして参ります。
 十六夜咲夜。

「失礼を致しました、お嬢様」 
「案ずるな。さ、初詣に行くぞ」
「はい、お嬢様」
「まあ何だ、道中フランについてはよく見張っておいてくれ」
「わかりました」
「大所帯になってしまったから、賽銭は弾んでやれ」
「了解ですわ」
「あと霊夢と二人の時間を作らせろ」
「承知しております」
「明晩だが、おせちは豪華にな」 
「かしこまりました」
「それから最後に」
「?」

 話し込んだまま誰をも顧みずに先陣を切った二人の後ろを、やいのやいのと騒ぎながら、自然と四人がついてきた。誰の手招きも要らない。
 紅魔の館が動き出す。新年真夜中の行列がのんびりと、雪道を博麗神社まで歩いてゆく。
 鼠が猪を放逐、寒空の夜風、麗しいこの新年の始まりは。

「……あの小悪魔からパチェの寝言を聞き出しておけ。何をやってもいい」

 はいはい。
 眼鏡姿のスナップと一緒に、そのうち枕元へお届け致しますわ。

  

 変わってゆこうとする気持ちは大切だよねと、陳腐な料理法を選んだ胸の中に温かさが去来する。
 何年が通りすぎても、それが人間でも妖怪でも魔女でも悪魔でも、流れている時間に長短が出来る筈もない。
 人間の傲慢さは或いは、薄命を儚む自虐にあるのだろうか。妖怪達はこんなにも愉快だというのに、いつだって障壁の言い訳ばかり考えている。
 この家族達とは、総出で初詣だって行けるのだ。
 何にせよ新しい年は恙なく迎え入れられて、また何百年の内の一頁を淡々と刻む日常が幕を開けるその第一歩、深雪に刻まれた足跡はいつの年になく多く、間の抜けた年賀状はまあそれも新年騒ぎの内なのさーとどさくさに紛れ込まされてふと後ろを振り返れば真犯人の姿、恥ずかしげに一歩引いた紫色の無口な少女を睥睨しつつ十六夜咲夜、人間のメイドが年始の第一歩に思うことはといえば何はさておきひとまず



 ……ぱちぇもえ。





 ぱちぇもえ。

 2008年のお正月に出した作品です。大体この頃から時節に相応しい作品を書くようになり、寝正月に無理矢理身体を起こしてこの作品を書いたのを覚えてます。寝正月とどっちが良かったのかは、議論の余地があるところ。
 果てさて。
 本当はこんなに真面目にシメるつもりはなかったんですが(ぇ
 これも当時らしいと言えば当時らしい。

 もっと言えばこの作品、30KB以上もあるんですよねえ。
 こんなに長くするつもりもなかったのですが、これもまた、当時の私らしいというか……。
(初出:2008年1月6日 東方創想話作品集47)