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【おまめさん(掌編)】



「妖夢――これは何かしら」
「はあ、大福ですが」
 この瞬間、幽々子の額に罅が入る。現在午後三時。魂魄妖夢だってもう子供じゃないのだ、多少弁えて答えて欲しいと思う。これが何かと問われて「大福です」って回答を、こちらが求めていたかどうか。脊髄反射で額面通りに直球勝負の答えを返すだけの直情径行なら芋虫やだんご虫にだって出来るんですよ魂魄妖夢。
「いや芋虫には出来ないと思いますが……」
「いいから。そんなことより妖夢」
 幽々子は嘆息し、やおら大福をぱっくりっと割って中身を断面に露出させた。
「これは何かしら?」
「あんこですが」
「……妖夢」
「あ、あー……えっと、つぶあん、です」
 妖夢が少しだけ、成長を主張する。
 幽々子はこの日初めて、そこで満足げに微笑みを浮かべた。
 ……そして、般若の形相に転じた。
「この世にあんこと称されて良いものはこしあんだけですよ妖夢」
「いつ誰が決めたんですかそんなこと」
 だまらっしゃい。
 幽々子は再び視線を落とす。大福の中身に刺すような一瞥、さらにはあんこに染み込むような嘆息一つ。
「あんこはつまり餡。あめです。とろっとして舌にぺとってなって、それでむふーって甘くないといけないんですよあんこってのは」
「知りませんよ……」
 妖夢は呆れたように呟く。幽々子は目許を覆い、袖を簑にしてよよと泣く。
「よよよ困るわ、困るわよよよ妖夢妖夢、貴女ももう長いんだから、私の好みのあんこ一つくらい黙ってても出せなきゃねぇ」
 幽々子はおいおいと嘘泣きに勤み励み、泣き濡れるその袖口の隙間に妖夢をちらり。
 ものすごく不満げだった。
「私は幽々子さまの給仕じゃありません」
「よよ……ん? 違うの?」
「当たり前です! ……ってそりゃ、剣の指南も最近すっかりお留守ですけど私は元来……」
「だって妖夢の剣なんて教わろうって気にならないもの、こんな豆見たら」
「あんこから離れてください」
 何にせよ、他愛もないものではある。 
 あーぁ、と深い溜息が落ちた縁側の向こうを通りすぎる秋は、少し心地よさを通りすぎた涼気を幽々子の首許に運んでくる。給仕ではない妖夢が給仕してくれたお茶の湯気が、空っ風に刈り取られて消えてゆく。
「妖夢は、たとえばさ」
 ふと口を開いた幽々子。
「豆大福とか好きなタイプ?」
「はい、大好きですねー」
 うん、と幽々子は笑顔で一つ頷いた。
「妖夢、明日からクビね」
「うえぇえ!?」
 考えている。
 つぶあん大福を結局おやつとして口に運びながら、幽々子はその魅力について。
 まるで芯という芯の無いどこまでも柔らかい、口の中に中心なんて無いみたいな和菓子の小宇宙それが大福であると考えており、その生地の中にあろうことか
 豆?
 邪道すぎるわよそれ。
 大福に固いものを入れたら大福じゃないじゃん。おかしいじゃんさ。ねえ、どうしてそんな単純な、明快な、この上無い確実な真理すらも
「分からないのよ妖夢ッ!」
「知りませんってば」
 妖夢は輪を掛けて憮然とした。幽々子の掌で三日月になってしまった大福を哀しげに眺めつつ、ふと、懐紙を取り出してやおら鉛筆を走らせた。
「……って、何やってんの?」
「いえ――今後幽々子様にお出しする時、間違えぬようにと思いまして」
 そう言って、妖夢はすぐまた灰色の畳紙に視線を落とす。幽々子の口が開いたままふさがらなかったことに、とうとう気付かないままで居る。
 ……うーん、と、幽々子は唸り、
「ねえ。妖夢はどうして豆大福が好きなのか聞いても良い?」
 問うた。
 へ? と瞠目の妖夢は、鳩が豆鉄砲を食った顔。
「え、っと……食感とか……風味とか」
「もっと具体的に言いなさいな」
「あ、はい。柔らかい生地の中に豆の固さが混ざって、何となく、とても調和が良いというか――あとはそこに餡の甘さが――」
 幽々子は沈黙している。
 妖夢がふと気付いて顔を上げ、はっと目を見開き、慌てて
「……あ、ややもちろん、それは私の意見であって幽々子さまにどうこう言うわけではないのですが!」
 ぬけぬけと、そんなことを言うのだった。
 やれやれ、と幽々子は首を振る。そして、また大福を齧る。 
「妖夢はマメすぎるのよ。マ、メ」
「……はぁ?」
 幽々子がそう言って大福の最後の一口を口に放る頃、魂魄妖夢は、西行寺幽々子が散々見慣れた「むずかしい顔」をしている。
 また少し嘆息する。
 その辺がマメなんだ、と幽々子は毒づきかけて、さすがに良心が咎め、追い討ちに出しかけた言葉の刃をつぶあんと一緒に呑み込んだ。妖忌が消えてから随分経つというのに、妖夢は未だ一向変わらず、幽々子の剣を指南する段階にすらも至っていない。
 剣腕など知ったことではない。
 ああいう遊びのない剣を教わっても仕方がない、と思うのだ。
 あんこに豆粒。大福に固い豆が混ざっている豆大福。そういうのが、幽々子は何より嫌いだった。典雅な風流人だった彼の忘れ形見がこうして難しい顔して自分を見てくる、そのたびに口惜しさを思う。触れられれば触れられたように形を変えるあの大福のように、さながら水のように、もう少し妖夢が大人になってくれたらと真剣に思っている。この時世、剣などそれこそ遊びで良いというのにだ。
 マメじゃ無くて良いのに、と幽々子は思う。
 時間は人より沢山ある筈だ。例えば享楽と云っても良いし、風流と呼びたくば呼べば良い。万事に柳に風を貫くも良い。妖夢がその辺をもう少し「分かる」ようになれば、その時は彼女から剣だって教わるし、一緒にお酒を酌み交わしても良いと想う。
 そして、
 ――妖忌が消えたあの日のことを、そろそろ話してやらないでもないのに。
 幽々子は、どうにももどかしい想いを渋茶と共に飲み下す。魂魄妖夢だってもう子供じゃないのだ、多少弁えて答えて欲しいと思う。
 なのに妖夢ときたら、それでもまだ難しい顔をするのだ。
 豆大福おいしいですのに……と、不思議げな口調でぽつりと言った。






 まあ、おまめさんだなんていやらしい。
 
 ……すみません。

 今だから話せる裏話をすると、身内で突発コピ本の話が持ち上がったため丹精に掌編を書いて準備していたところ、発案者が実は全然本気じゃなかったことがあとから判明したため宙に浮いてしまった作品。……というのが真相です。
 なのでこの作品は、元々縦書きで書かれた文章だったりします。
 書いた自分にはその辺がよく分かるのですが、作品自体にはあまり関係ない話ですね……うん。
(初出:2008年10月30日 東方創想話作品集61)