【右第四肋骨亀裂骨折】



 人は何故戦うのかという問いに対して、生物学的本能の見地からアプローチするのは常套手段。
またそれが正鵠を外しているかと言えばそうでもなく、よって戦うことを止められぬ者は
本能を理性で抑えることの出来ない野蛮な人間であると私は思っているの。
従ってこの数日、外界で世界規模の戦争が起きていることを新聞が伝えてくるのを、私は憂いている。

 あ、ちなみにここで読んでいる新聞とは、小天狗共が配っているしょぼくれた新聞紙のことではないわ。
結界妖怪のスキマから流れ込んできたり、天狗が見本として収集したものが漏れてきたりして、
実は近年、外界の新聞が幻想郷にやってくることが多いの。
大抵は貴重な資料として、この私がヴワルの蔵庫に納めさせて頂いてるってわけ。

 近頃の新聞を翻訳してみると、野蛮なことこの上ないわ。
打ち倒すだの蹴り合いだのと、おどろおどろしい単語の並ぶこと並ぶこと。
血で血を洗う苛烈な戦いの様子が、文字の一つ一つから滲み出てくるよう。
ああ怖い怖い。本能の欲望に負けたケダモノ共の、醜い争いだこと。


 それに引きかえ、静かな湖畔に浮かぶこの紅屋敷の平和なことといったらどうだろう。
瑠璃色の湖面と真紅の屋敷、そよ風吹けば雲雀さえずり、白雲流れて木々の葉が謡う。
なんと平和で、美しく、人間らしい風情溢れる高尚な生活ではないか。
って、魔女の私が言うのも何かしら。





 どーん。
 がらがら。






 とまあ、それも今しがた脆くも消え去ったのだけれどね。

 どかんって。がらがらって。盛大に壁を壊さないで頂戴。
いやいやっていうかね、日頃静かな紅魔館のリビングでこんな爆音が轟くケースなんて、数えるほどしかないのよ大体。
咲夜がドジってレミイの着替えを覗いてしまったとか、小悪魔が地下で間違って変な魔導書を触ってしまった時とか、
或いは単純にフランドールの御機嫌がナナメな時であったりとか、ませいぜいそれくらいなの。

 それでもって、今日の爆音と衝撃がそういったウチに住む者を原因とする騒動でないことくらい、私はもう気付いてるわ。
だってフランや小悪魔はまだ寝てるだろうし、レミイと咲夜は朝から日傘片手に博麗神社へ散歩に出かけちゃってて、
結局屋敷の留守番をすべく、私がこうして図書館から蝉の幼虫よろしく早朝にまろび出て来てリビングで読書していたんだから。

 つまり今紅魔館の屋敷内には実質的に私しか居ないのであり、従って災難は外部からもたらされた物。
そして、屋敷の壁を直径数メートルに渡って外側から破砕するような騒動を起こすような客といえば、
この狭い幻想郷でせいぜい一人くらいしか心当たりがないのよまったく。



「……ねえ魔理沙、玄関は屋敷にあらかじめ備わっているモノであって、客人が自分で作り出すモノじゃないわ」
「いやあ悪い悪い、玄関から入ろうと思ったんだが止まりきれなくてな」



 ただの砲丸体当たりにブレイジングスターなどと雅号を付けてスペルカードに仕立て上げた頃から、
こういった見境無しの飛行スタイルがとみに目立ってきているように思う。
 いや、紛れもなく昔っから完全無欠の無鉄砲な阿呆なのだが、それでもこんな風に
紅のお屋敷に風穴を開けるような馬鹿げた真似はたまにしかしなかったはず。

「なんだ、お前だけか」
「そうよ……げほ、げほっ」

 ああもう馬鹿魔理沙、私の眼前で土埃もうもうとか何の嫌がらせよ。
喘息持ちに向かって獅子奮迅の粉塵。ばーかばーか。
 ってそこ、服はたかないの。箒振らないの。バタバタ歩かないでよまったくもう。
げっほげほ。

「信じらんない……どこを見ながら飛んでたら、こんな目立つどぎつい屋敷にぶつかるってのよ」
「まあそうカリカリするなよ、交通事故みたいなもんだぜ?」
「交通事故ねえ。交差点も信号も、カーブも対向車もない広い大空で交通事故ね、呆れたわ」
「へへ、照れるぜ……」

 この場にレミイが居なかったことに感謝したい。
もし咲夜やレミイがこの場にいて、優雅なティータイムの真っ最中に文字通り礼儀知らずの無礼ジングスターが
壁を突き破ってすっ飛んできたなら……その後の展開の凄絶たるや想像しただけで恐ろしい。
戦争真っ盛りな外界の兵士達も真っ青の、血みどろR指定確実な惨劇の始まりだ。



「お? こりゃなんだ?」



 ふと魔理沙の言葉に我に返ると、先ほどまで私が読んでいた新聞を魔理沙がつまみ上げていた。
ちなみにこりゃなんだと問われたのは間違いないが、当然魔理沙が新聞という物自体を知らないはずはなく、
したがってここでディスイズニューズペーパーと返すのは意地悪であるという結論に行き着く。
よってここでは、その内容を問われているものと考えるのが自然であろう。

「御覧なさい。これが今の、外の世界の様子よ」
「なんじゃこりゃ。大勢で球を蹴って、こいつら何してるんだ」
「これが現代の戦争なのよ。この白い球体の中にはギッシリと爆薬が詰まっていて、
 敵陣にそれを蹴り込んでいくことによって相手を殲滅させるというもの……」

 って、ヴワルのどっかにある美鈴書房の本に書いてあったわ。

「ほほう、じゃあ外界は今、世界大戦ってことか?」
「そう。ああもう、語るだけでおぞましい」
「そんで、その戦を見守ってる奴らの顔色はどういうこったい。最近の外の人間は、肌の色が緑色や赤色に進化したのか?」
「ああ、それは戦化粧ね。極彩色の絵の具を顔に塗って、戦う者を応援すると同時に、自らの戦闘意欲をも掻き立てる。
 ……この通り、外界の人間は今や例外なくすべて、本能の赴くままに戦うだけの獣なの」

 本能の赴くまま戦う―― これ、私の一番嫌いなタイプの生物。
草原を我が物顔で闊歩する肉食獣のように、戦い是生きる事也とでも言わんばかりに
目に付いたものと見境無しに牙を交え、ただ徒にその身と命を削り潰す。
 獣はそれで良い。が、人間はどうして言葉を、理性を持っているのか、よく考えてみると良いわ。
本能を理性で抑えて社会的な存在であることが出来るからこそ、人は知的生命として自然界に胸を張れる。
本能剥き出しの殺し合いだなんて野蛮なことに堕する者共を、私は人と認めない。
虫酸が走るわまったくもう。

 とまあそういうワケで、ささやかでも幻想郷を愛する者として、意地でもこの地を血で染める訳にはいかないわ。
ここは怒りに我を忘れることなく、この黒い馬鹿な迷惑者にもオトナの対応を差し上げるべきってモンでしょう。

「ねえ、良いこと魔理沙。人は少し道を誤れば、外界の愚民共のように戦いで身を滅ぼす運命となるわ。
 幻想郷という場所にあっては間違ってもこのような醜態に身を晒すことなく、
 常に紳士な非暴力不服従のガンディズムでこの安寧秩序を堅持していかなければいけないのよ」
「亜阿相界。そんで、そんな小難しいことを私に懇々と説教して、何が言いたいんだ?」

 ……。
 ああもう、本能的な奴も嫌いだけど、頭の悪い奴はもっとキライ!

「この壁直して、とっとと帰んなさいって言ってるの。
 バカみたいに他人の家に突っ込むんじゃなく、神社に行ってお友達の霊夢と
 木漏れ日浴びながら心ゆくまで戯れてたら良いじゃない」
「ん〜、まあ出来ることならそうしたかったんだがな〜……」

 ん? なに? そうしたかったが何よ? 

「私のかくなる行動は、それはお偉いお偉い、畏れ多くもレミリア様殿の宣下なさったご命令なのでな〜」
「はい? レミイが?」

 ほうほう、それはどういうことかしら。

「実はなあ、今まで博麗神社で霊夢と遊んでたんだよ。
 ところがどっこいお前さんトコの吸血鬼殿がやって来られてな、『アンタ邪魔だから
 パチェとでも遊んでらっしゃい、今日なら図書館の本を好き勝手読むのも許可するわ』って言われて
 追い払われちまったんだよなあ。
 つまりさ、私がここに来たのはあの吸血鬼の意思であって、私を拒絶するってことは是すなわち、
 レミリア閣下のご意向を力一杯目一杯蹂躙することに等しいってことになるんだな〜」
「……」



 なるほど、何の用も前触れもなく魔理沙がこの屋敷に闖入してきたのは、そういう絡繰りだったのね。
レミイ直々の後ろ盾を得て、後ろ暗いところ無く意気揚々と乗り込んできたってわけか。
まったく、それならそれでレミイも最初から話をしてくれれば良かったのに。
 まあそれにしても、霊夢と二人っきりで遊びたいからって、レミイも可愛いところがあるじゃないの。
図書館をエサにしてまで魔理沙を厄介払いしたくらいだから、咲夜も今日は邪魔者扱いに相違ないわ。

「ああ、事態が手に取るように分かるわね。どうせ咲夜も、レミイに石で殴られたりとかして気絶させられたんでしょ?」
「うーん、どっちかって言うと、石っつーか岩?」

 ほほう、そりゃまたご大層なことで。

 うふふ、人の恋路を邪魔する奴は犬に蹴られて死んじまえって、邪魔者が犬なんだからややこしいわね。
きっと今頃誰も居なくなった古神社で、甘い甘い逢瀬を謳歌してるんでしょう。
ああもう、想像しただけで鼻からロイヤルフレアが噴き出しそうだわ。
 燃え上がる愛情、猛り狂う欲情、二人っきり夢の世界でアンナコトやコンナコト……いや〜ん……
って、だから本能の赴くままな奴は嫌いなんだけどなあ、もう。あんまり神前で淫らなコトしちゃダメよ、レミイ。





「さて、何して遊ぼうかパチャリー」





 ……っと、いけないいけない、妄想に走りすぎてしまったわ。
 そもそもこっちの問題が何一つ解決してないじゃないの。大変だわ。って誰がパチャやねん。名前間違ってるって。

 はてさてそれはさておき。
 魔理沙はあんなことを言ってるけど、いくらレミイの頼みといえここは私の至宝が詰まった汗牛充棟ヴワル大図書館。
こんな泥棒ネズミの足半足たりとも、踏み入れを許可することは絶対に出来ません。
 研究途中の資料書物もあるし、魔力入り危険触れたら死ぬでという張り紙の魔導書も一冊や二冊じゃない。
っていうか、そもそも我が世の春の邪魔だったからって、クソガキの子守を勝手に押しつけないでってばレミイさんよう。

「魔理沙、残念だけど一切合切のお遊びは全てお断りよ。アンタと大騒ぎするほど私は元気でもないし、暇でもないわ」
「え〜、つれないこと言うなよパチィリー」

 だからさっきから名前違うって。パチィリーって。かなり発音難しいじゃない。

「ダ〜メ。なんで私がアンタの子守しなきゃいけないのよ。レミイの命令に従わなきゃいけない訳でもないしね。
 ヴワルは託児所じゃなければ、私もレミイの召使いでも何でもない」
「ちぇっ、思ったよりケチだなパチョレック」

 だから名前おかしいって。つーかパチョレックってアンタ。もう原型留めてないし大洋だし阪神だし。ああもう。


「はいはい、ケチでもイケズでも、パチョレックでもオマリーでも結構。貴方の相手する気は一切無し。
 さあ、壁を直してとっとと帰りなさい」



 些か突っ慳貪ではあるが、ここで弱腰に出てはいけない。付け込まれるだけである。
かといって、喧嘩腰になってもいけない。何しろ下手をすれば私の大嫌いな「本能同士のぶつかり合い」になってしまう。
肌と肌とのぶつかり合いならんッん〜んッん〜言いながら身も心も躍る夢幻のホワイティハートになれるが、
ただの喧嘩になって魔法を撃ちあった挙げ句壁の穴を増やす結果になってもつまらない。

「さあ、帰った帰っ……」
「ん〜、本当にダメかなあ、パチュリー……」



 や、急に魔理沙の声がしおらしくなった。
うーん、ちょっと可哀想な気もするけど……いやいや、ここで弱腰になってはいけない。



「本当に、ダメ。」
「そうか……じゃあ帰るぜ。またな……」
「ってちょっと待ちなさい、帰る前にこの壁を直していきなさいよ。それくらいの魔法は出来るでしょ。
 アンタ自分で交通事故だって言ったんだから、自分の事故の尻拭いくらいはしていきなさい」
「……」
「なによその目」
「なあ、パチュリー……」



 む、泣き落とし?



「考えてみろよ、霊夢とレミリアは今頃クリーミィでファンタスティックなハーレムを楽しんでるんだぜ」
「全部貴方の妄想よ、って、もしそうだとしても何だってのよ!」
「じゃあさあ、私達も楽しまないと、何となく損じゃないか?」

 ほほう、えらくねじ曲がった価値観があったものだ。
 三回転半捻りくらいした損得勘定に、一体なんの存在意義があるというのか。

「さあさあ、私達も存分に楽しもうぜ、この運命的な出逢いを……」
「ちょっと、いい加減にしないと張っ倒すわよ。
 勝手に他人の家に交通事故で飛びこんできておいて、運命的な出逢いとかどの口が言ってるのかしら!?」
「交通事故、か…… うふ、うふふふふふ」

 あ〜もう気色悪い。
 何よりかにより、現代に至ってそのノスタルジックな魔理沙笑いをしないで頂戴。



「なあなあ、ちょっと聞いてくれ。大事な話だ」

 聞きたくないけど、何よ。

「確かに、私が今日この屋敷にぶつかったのは交通事故だったなあ」

 そうね。

「でもさ、ここで考えてみてほしいんだ。
 よおく考えてみるとさ、人の出逢いも交通事故みたいなもんだなあって、そう思わないかい……?」





 はいぃ?





「だってさ、全ては偶然に支配されてるんだぜ。どこで、いつ、誰と出会うかは全て運任せだ。
 なのに後から見ると不思議で、数奇で、奇跡的で……キミしか居なかったんだと、そう言えるようになっている。
 人の出逢いはまさに、食パンをくわえた街角の交通事故だと思うんだ。どうかな?」



 どうも思わん。つーか訳が分からん。

 何よ。いきなりロマンチストか何か気取っちゃって、歯の浮くようなくっさいセリフ吐いて。
それより何その、渡る世間はフラグばかりみたいな春満開の考え方は。

 まったくもう、やっと帰宅モードかと思いきや、変なニセモノっぽい色気出して下世話な話とは、
もうよっぽど暇なのねアンタは。
 暇なのは勝手だとして、人を竹夫人か何かにするつもりなら私は正当防衛でロイヤルフレアを躊躇わないわよ。
それとも……今日の暑さで、本当に脳がとろけてるのかしら?




「なあ、パチュリー……」

 なによ。

「聞きたいんだ、キミに……」

 キミって呼ぶな気色悪い。

「私達の赤い糸は……」

 勝手に縁を結ぶなコラ。

「本当に運命的だと思うだろう?」

 思いません。

「キミの小指を御覧」

 ああもうアリスでも霊夢でも良いから、とにかく他のどっかの小指と結んでおいて頂戴。

「なあ、愛しのパチュリー・ノーリッジ……」

 は〜な〜れ〜ろ〜〜。


「歩く人の数だけ道がある。人生という名の、長い長い一本道がさ。
 キミの歩く一本道と、私の歩く一本道。沢山の道がある中で、この二つの道が運命的に交わり、
 そこが交差点になって、私達は偶然ぶつかってしまったんだ。
 この出逢い、この巡り逢い……実に素敵な、奇跡の交通事故だと思わないかい……?」






 ……。


 さむっ。



 
 って、呆れてる場合じゃないわ。ああもう真剣にどうしたものだろう。
屋敷には私しかいないし、何が何だか分からない内に魔理沙の目はすっかり座っちゃってるし。
 暑さにやられたんだかキワドイ暇つぶしなんだか、それとも密かにどっかで媚薬でも盛られちゃったんだか、
とにもかくにもどうやらこのままだと、ヴワルの蔵書どころか私の貞操が真剣に危ない予感がする。
 ああもう、外の世界の戦争に憂いを感じてる場合じゃないじゃないの。
こっちはこっちで、何だかとんでもない形で平和が崩れようとしてるわよ。

 もう訳が分かんないわ。さあ誰か教えて頂戴。 
どこのどいつだ、紅魔館を混乱の渦に巻き込んだのは。
どこのドイツだ、外の世界を争いの渦に巻き込んだのは。
 ああ、今とても平和が恋しいとです……。
さっきまで平和な朝だったのに急転直下、540度ターンね。降って湧いた災難とはまさにこのことよ!


 あ〜いやいや、まあとにかく落ち着け。冷静になるのよパチュリー。
このまま魔理沙と抱き合ってても、事態はまったく埒が明かないわ。
 こうなったら壁の修理とかどうでも良い、何とかこの欠陥魔理沙を説得して
謎に桃色に染まったこの現状をどうにか打破収束に向けないと……

 ……って、いつのまに抱き合ってんのよ私達!!?
なんか凄い熱い抱擁とかしてるし! バカじゃないの魔理沙も私も!




 「う〜……ぱちゅり〜!」



 他人の腕の中で変なフレーズを呟かないで頂戴! まったくもって気持ち悪い!



「なあなあ、パチュリー」

 今度は何よ。

「……お前にとって、私は何なんだろうな……
 今すごく、お前の正直な想いが聞きたいぜ……」
「答えられる訳が無いでしょそんなこと!」

 いよいよ壊れたか霧雨家の血統。

 あ〜もうちょっと待って、こういう時どう答えればいいのかしら!
適当にやり過ごせそうな気もするけれど、ヘタな手を打つと墓穴を掘る予感がプンプンするし。
 とにかく、相手にノセられるのは絶対に良くない。それだけは確か。
ここはやはり、正直者の直球勝負、オブラート無しの苦薬直接投下で行くしかないわ。





 「そうね……私にとってのアンタは、え〜と、迷惑者かな? うん、そうそう、迷惑者、迷惑者よ。
  これ以外に適切な表現が無いくらい相応しいわ!」
 「本当か……? 自分に嘘を、ついちゃダメだぜ……」


 つくかボケ。

 
 「そう……魔理沙は魔理沙であって魔理沙でしかない、なんてトートロジーで誤魔化すつもりはないわ。
  だが、決定的な回答を私は持ち合わせていない。
  だってそうでしょう? たまにやってくる泥棒ねずみを指して、そいつはお前にとって何なのかと聞かれて、
  一体何と答えればいいのよ?
  ……いえ、ごめんなさい、これも誤魔化しね。そう、私にとって魔理沙はただの迷惑者なんかじゃない。
  もちろんただの魔法力進化の可能性や、性格の歪みや、まして友だちでもない! あるはずがない!」
 「ああん、総じてサッパリ意味が分からんが、とりあえず最後色々とボロクソに罵倒されたっぽいぜ今……」

 あら、昨日図書館で読んでた小説のセリフを咄嗟に改変してぶちまけただけなのだが、思いの外魔理沙には堪えたようね。
まあ良い、僥倖と書いてラッキーと読むに違いはないわ。



 「言葉で責められるのも良いなあ……」





 よりによってMかよ!!!




 ああもうああもう、何が何だか分からないけれど、取りあえずこの謎の黒い迷惑者を引きはがすまで、あと一押し。
さあ、どうしてくれたものだろう。何か良い方法はないのかしら。

 なるほどなるほど。こりゃ確かにアンタの言った通りだわ。これは正しく交通事故よ。
私は何もしていないのに、相手が勝手に突っ込んできてこっちを滅茶苦茶に破壊する、一番迷惑なタイプの交通事故ね。
 ええ確かに、貴方との出逢いは交通事故だわ。貴方が信号無視と速度違反とついでに酒とシンナーのラリラリ運転で
私の閑かな車にアクセル全開で突っ込んできたようなモンだわ。
貴方の100%過失、もういくら賠償を毟り取っても気が済まないくらいよ!


 ……あれ。待てよ。交通事故か。
確かさっきまで読んでた新聞に、交通事故の模範的解決法が載ってたような……



 ――!!!



 





「ウフフ、ねえ、魔理沙……」
「ん、な、なんだよ……」
「貴方はさっき、この屋敷にぶつかったのは交通事故だと云ったわね」
「ああ、云ったぜ」
「私達の出逢いも、交通事故だと云った」
「ああ、云ったな」
「そう。確かに、私と貴方の出逢いは、まるで交通事故。偶然が支配した、出会い頭の運命」
「ああ、キミもやっと分かってくれたかマイハニー……」

 マイハニーって。何よその70年代の亜米利加は。

「ハニーだか何だか知らないけれど、そう、交通事故。
 ならば……」

 


 そっと、魔理沙の肩に手を置いた。そのまま柔らかく、私の目の前に魔理沙の身体をそっと引き寄せる。
 ほどなく、息がかかるくらい近くに魔理沙の顔がやって来た。
 戸惑った表情。赤らめた頬。ああもう、なかなか破滅的に可愛いじゃない。



 「さあ、彩りましょう。
  今こそ、この『交通事故』に、相応しい結末を……」



 軽やかな呪文のように耳元でそっと、蠱惑的に甘く囁く。魔理沙の頬が、さらに紅くなる。
小さく微笑んでから、私は肩を掴んだ腕をそっとまっすぐ伸ばし、たおやかにそっと魔理沙の身を離す。
 魔理沙の琥珀色の瞳がじっと、揺らぐことなく私を見つめている。
どんなに見つめられても、私の意志は変わらない。この「交通事故」を解決に導くには、もうこれしかない……


 現とは思えない夢心地の中、両手から感じる微かな魔理沙の体温。 
まるでうららかな春の陽気のような、淡く儚い魔理沙の温かさ。
 どうにかなってしまいそうなほど心地良いけれど、ここで我を忘れてはいけない。
慈しむように魔理沙の二の腕を撫でながら、私は気を落ち着かせるべく、深く一つ息をついた。


 さあ、心は決まった。魔理沙の身体は、今目の前にある。
温かな胸の場所を網膜に焼き付けてから、私は静かに目を閉じた。
 闇に包まれた視界の中で、なお目の前から、高鳴る鼓動が聞こえてくる。私はもう、迷わない。
ここに私がいる。そして、目の前に魔理沙がいる。

 深呼吸をして心を静めると、私はひと思いに魔理沙の方へ、そうまるで倒れ込むように……
















  ゴッッ!!!

 「ぉぐゎっ!!!!」








 思いっきり、その胸に頭突きをかました。



 つうこんの いちげき!!
可及的高速に魔理沙の御胸に振りかざされた、可憐で一途な少女の石頭。
重い衝撃がクリティカルヒットの魔理沙ッツィ、直立姿勢のままデコピンを喰らった弥次郎兵衛のように
物凄い勢いで洋風タイルの床に後頭部から昏倒する。

 すっかり静かになった紅魔館の中、微かに聞こえる言葉にならない呻き声。
壊れた壁から注ぐ陽光を浴びながら乱れた髪を掻き上げた私は、きっとその瞬間世界中の誰よりも輝いていただろう。





  「交通事故を解決するには『示談』が一番良い……って、けーねが言ってた」




 知識なんてものは、蓄えていたって役に立たない。
 こうして実践してはじめて、自分の血となり肉となる。 

 ……ってことでちょっとだけ、「本能」に身を任せてみたんだけど……うん、なかなか気持ちが良いかもしれないわ。
生理的嫌悪感に対し瞬発的に絆された結果とはいえ、100%純粋培養の闘争本能に一瞬全身全霊をトランスさせてみたのだけど……
うん、タタカウってのも、そう悪くはないかもね。
うふ、うふふふふふ……。






 ってああん、なんだか頭がク〜ラクラ。
くう、これはこっちにもなかなか効くわねえ……。
 
 新聞に書いてあったお手本通りの「示談」を実践してみたけれど、外界の人はいつもこんなことして、交通事故を解決に導いてるのかしら。
うん、やっぱ外の人間って、みんな野蛮なのねきっと……。

                                       《完》





 あのシーンのインパクトというのは非常に素晴らしいものがありました。
 ジネディーヌ選手の身体の傾斜角度、ターゲットへの入射角、またその動きのキレ、そして計算され尽くしたようなマテラッツィ選手の昏倒モーションと、あれは一体どこのドリフだったのかと今でも笑いがこみ上げます。
 ……と熱く語ったは良いものの、今更覚えてない方も多そうです。フランスの名MF(合ってるよね?)ジダン選手が、現役最後のフィールドで頭突きという原始的なラフプレーを見せて退場となってしまったW杯の一シーンが背景になります。
  
 あーガンバレ日本。
 私はプロ野球と大相撲が好きだ! だがサッカー日本代表も応援している!(調子良い)
(初出:2006年7月15日 東方創想話作品集31)