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【君影草】


消えてしまった、私の輪舞曲。
蘇ることのない、胸の中の輪舞曲。







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大きな家の居間。私の横で、屈託無く笑う女の子。
彼女が、私の「持ち主」である。

或る女の子、その4歳の誕生日に、私はプレゼントとして女の子と出逢った。
私が入った箱を開けた時の女の子の笑顔を、私は今でも憶えている。
女の子はそれ以来、「お気に入り」となった私を、どこへ行くにも片時も離さなかった。



私と女の子が出逢い、3年が過ぎる。
それはつまり彼との出逢いからも、3年が過ぎるということ。

女の子に連れられ訪れたこの大きな家の窓辺に、彼は居た。
貴族のような服を纏った、マリンブルーの瞳の少年。

一目見た瞬間、自分の冷たい躯に温かな気持ちが湧き上がったのを、
私は今でも憶えている。

或る男の子、その4歳の誕生日に、少年はプレゼントとして男の子と出逢った。
まるでなぞらえたように、彼は私と同じ運命に、自身の「持ち主」と出逢ったという。
そう、ここはその男の子の家。その蒼い瞳は以来3年、この家の窓辺で男の子を見守っているという。

私の横で、女の子の楽しげな声。
声の先にいるのが、その男の子だ。





女の子と男の子は、小さい頃から一緒に遊んでいた。勿論この家にも、よく訪れた。
そして、女の子がこの家に来るということは、つまりここに私を連れてくるということ。

私を連れた女の子がここで男の子に会う時だけ、私もまた、あの少年に会うことが出来る。
女の子と男の子の出逢いは、私と少年の出逢い。

口には出さない淡い恋心がふたつ。
私と女の子は、同じだった。





二人で遊び道具を準備する子供達と、ソファに置かれる私。
おままごとをしたりテレビを見たり、いつも楽しそうに遊ぶ子供達の横で、
私はいつでもソファに座ったままだった。

子供達が笑い合い、走り回るのを横目に、私たちはいつだって、歩み寄ることさえ出来なかった。
人間がいなければ動けない、この躯。



  そう、私は人形だ。一人で動くことなど、元から出来はしない。
  彼も同じ。彼もまた、人形。



流れる寂しい時間の中で、私はいつも願っていることがある。
もしも神様が居たなら…もしも一つだけ願い叶うなら。

…私は身体が欲しい。
少年に駆け寄る足が、繋ぎ合う手が、高鳴る胸の鼓動が、私に欲しい…

そう思っていた。
いつもいつも、人間が、羨ましかった。
私はただ、想う人を、何も言わず見つめるしかできなかったから。



―不意に手が引っ張られ、私の躯が宙に浮く。どうやらお帰りの時間のようだ。
女の子の手の中、男の子のさようならを聞きながら、
私も少年に、誰にも聞こえないさよならを告げる。
こうして今日も私は、何も出来ず時を過ごし、
そして人間に操られるまま、この家を後にしたのだった。





いつまで、こんなことが続くんだろう…
夕暮れの道で女の子に抱かれながら、私はまた答えの出ない疑問に心を砕く。

どんなに想っても、伝える術は私には何一つない。
この無機質な躯が、私の意志で動くことはない。

叶うことなら、この足で大地を歩き、少年の元へ歩んで行きたい。
言葉を交わし、楽しい時間を紡ぎたい。
子供達のように、二人で笑っていたい。


 私は、人形という哀しい定めを呪った。 

 なぜ、私は「人形」に生まれてしまったのだろう。

 人の形を持ちながら、指一本動きはしない。いつだって文字通り、人の形というだけしかない。


 どうして「形だけ」なのに、心を持ってしまったのだろう。

 どうして無機質に、座るだけで時を送れなかったのだろう。

 何も想わぬままただのモノとして、人の操られるまま生きることが何故出来なかったのだろう。





こんなに悔しいのに、私の目は涙一つ流すことも出来ない。
人形である自分が、この上なく恨めしい。

せめて泣けるのなら、思い切り泣きたかった。
思う存分この夕陽の中で、涙に暮れていたかった。


 たとえいつも通り出逢い、いつも通り何も出来ず、いつも通り別れていく―それが「人形」の命だったとしても…







-----

数日後。
私はまた男の子の家に行くこととなった。

男の子の家で、親しい人を招いてダンスパーティーが開かれるという。
女の子の一家もかくして、その招待状を受け取ったというわけである。

精一杯おめかしした女の子は、随分と大人びた少女になった。
なのにそれでも私を離すことが出来ず、私達はこうして二人で男の子の家を訪れることとなったのである。





暖炉と燭台が、ほのかに紅い暖かさを醸し出す。
家の中を星空の如く輝かせる、煌びやかなドレス。
緩やかに流れる輪舞曲に身を任せる人間達。

そのフロアは、私が見慣れたいつもの家ではなかった。

なのにそれでもその中、「彼」はいつも通りの姿で窓辺に座っていた。いつも通り。
私と同じように、いつも通りに。



やがてパーティーが幕を開け、周りは美しいプラネタリウムとなった。
その星空の中から男の子は、女の子に負けないくらいのおしゃれをして貰って、私達を迎えた。
その中で、男の子と女の子は、ためらいながらもお互いの手を取る。

大人に混ざって踊る彼らは、とてもぎこちない。
女の子も男の子も、なんとも滑稽な動きになっている。

恥ずかしそうな二人を見て、私は少し可笑しく、そして、また少し哀しかった。
一緒に踊るなんて、夢のまた夢。
雲の上の願望としか言いようがない。

私達に流れることのない時間を、本当に楽しそうに過ごす子供達に、私は嫉妬さえ憶えた。
そして、叶わぬ夢なら見ない方がまし、と、私はパーティーの光景から気を遠ざけた。





いつしかパーティーも佳境に入り、気付けば子供達はソファに座り、私の横でお喋りしていた。
背伸びした装いでも、顔はもういつもの二人だ。
いつもよりはしゃぐ女の子を見て、私も少しだけ、心が晴れた気がしていた。

すると不意に、男の子が私に手を伸ばした。





―今日も持って来てるね
男の子は私を手に持ち、女の子に話しかける。

―僕も持ってるんだよ
男の子は、私を持ち、少年が座る窓辺に向かう。


男の子の手で、私は少年の前に置かれた。
間近に現れる顔は…久しぶりに近くで見る顔だ。
近くに来れて、私は嬉しかった。

と、目の前の彼が不意に浮き上がるように視界から消えた。
不思議がる暇もなく、私の躯も宙に浮く。





  そして次の瞬間。私は私を疑った。

  気付いたら…

  私は踊っていた。


目の前の彼も、踊っていた。
踊れるはずのない彼が、輪舞曲の調べに身を任せるように。
動けるはずのない私が、彼の腕に導かれるように。





そう、それは、子供達の他愛ない人形遊びだった。

曲に合わせ、私達の手足を動かしているだけだった。



7歳の子供のあどけない遊び…でも、それが子供達にとって遊びだろうと、私はどうでも良かった。
些末なことが消し飛ぶほど、私は言い知れぬ感覚を覚えていた。
体の芯から、震えるような嬉しいような、恥ずかしいような…

こんな気持ちは、はじめてだった。





恋をするのに、人の血なんて要らなかった。
今日は、寂しい夜なんかじゃなかった。

照れくさいことがこんな楽しいって知らなかったから…
こんな気持ちを、初めて味わえたから…
…今夜は、最高だ。

輪舞曲も暖炉の炎も、燭台も美味しそうな料理の香りも、全てがステージ。
私はその舞台で、想う人と共に、動けぬ躯で輪舞曲に舞っている。
傀儡の舞踏会だったとしても、今のひとときが、私は幸せだ。

欺瞞でも、自己満足でもない。いや、別に欺瞞でも自己満足でも良い。
今宵、私は確かに幸せだ。


ずっとこの時が続けばいいのにと、心から願った―












-----


夢物語のようだった、あの夜。
あれから何年も過ぎた。
私はもう随分と、彼に逢っていない。

女の子はもう、私を連れて外に出たりはしなくなった。
女の子も男の子も大人に近づいて、どことなく疎遠になっていた。
お互いに大人を知る内、昔のように無邪気に遊ぶことは出来なくなっていた。


残念な話だが、仕方のないことだった。
あの日々は、幼い男の子と女の子の、大人になるまでの短いダンスパーティーだったのだ。
無邪気という暖炉と無垢という輪舞曲に彩られた、生涯に一夜だけの夢舞台だったのだ。


さて私はといえば、今でも忘れていなかった。
あの夜、異質の空気に包まれたあの家で、普段と同じ姿と顔で窓に座っていた、彼。
今でも窓辺に座っているであろう彼を想像しては、またいつかもう一度逢いたいと、私はずっと願っていた。

その想いは、日増しに強くなっていった。
と言ってもそれは、彼と離れた時間に比例しているわけではない。

私が彼との再会を、焦るように求めた理由、それは私が抱く、もっと大きな不安のせいだった。
そう。「その時」が迫っていることを、私はこの身に感じ取っていた。

そして。
それは遠からず現実のこととなる。





  ある年の暮れの掃除で、私はがらくたの山に投げ出された。
 
  私は、捨てられることになったのだ。





人形が操り主に捨てられるということ―
それはつまり、私の「死」を意味していた。

他のごみと一緒にトラックに積まれ、道を走っていく。
途中、丘の上に立つあの男の子の家が見えた。それでも、荷台からでは窓辺の様子までは見えない。


再会の願いが叶うことは、無かった。
彼が元気かどうかは、結局最後まで…最期まで分からずじまいだった。



自分の「寿命」は、私は受け入れるつもりでいた。
私達人形は、稀に数十年という時を生かしてもらえる者もあるが、基本的には子供の玩具に過ぎない。
さほど長い時を生きられる命だとは、最初から思ってはいないし、
それが運命であると、最初から知っていた。

それは分かっていた、だけど。
出来ることなら。


やっぱり、最期に一目、逢いたかった。





その時。
トラックが道の窪みで大きく揺れ、私の下にあった何かが大きく弾んだ。
それに弾き飛ばされた私は、荷台から飛び出し、地面に叩きつけられた。

元々この躯では、勿論痛みを感じることはない。
だが、それを差し引いても、私は衝撃をほとんど感じなかった。
不思議に思い、改めて周りを見る。





   そこは、見渡す限りの鈴蘭畑だった。





無数の白い小花に抱かれるように、私は「落ちて」いた。
花を揺らす爽やかな風に吹かれながら、私は花と青空を見上げるように投げ出されていた。
私を乗せていたトラックは、私に気付かず、そのまま走り去って行く。

後に残されたのは、私と、青空と、無数に生い茂る鈴蘭だけだった。
私は心の中で花達に、私を受け止めてくれた礼を言った。
風に吹かれて鈴蘭は、どういたしましてと、微かに揺れた。





そしてそのまま何日も何日も過ぎていった。
雨が降り、風が吹き、私は泥や埃であっという間にぼろぼろに汚れてしまった。
私を汚していくその雨や風に打たれながら、それでも私の頭上で鈴蘭はずっと、咲き続けていた。

私は不思議に思った。
花はどうして、枯れると知っていて咲くのだろう。
すぐに最期が来るのを判っていて、どうしてこの鈴蘭はこんなに綺麗に咲けるのだろう。


  どんどん膨らんでいく、私の思い。



咲いた場所から動けないのに、どうして貴方達はそんなに幸せそうに生きていられるの?
雨に打たれ風に吹かれ、それでも綺麗に咲き続けることに意味があるの?
誰にも自分の想いを喋ることさえ出来ず、ただひたすら一方通行に咲き続けて…そんなことに意味があるの?

すぐに散る儚さ故に、花は美しいというの―?



  それなら、そんなの嫌だ。

  それならせめて、私は生きたい。

  私はまだまだもっと長い時間を、この身で生きたい。

  そして…私は歩きたい。喋りたい。

  あの日の踊りを、もう一度踊りたい。



  全てに縛り付けられた生は、もうたくさんだ。

  私は、思うままに生きたい…!!





思いが最高潮に膨らんだその瞬間。
何かが躯に流れ込む感覚。

熱いものが、躯を満たしていく。
それが頭の先から爪先の端まで、全身を満たし切ったのを感じた、その瞬間。
自分の指先が…微かに動いた。





感覚を確かめるように、私はゆっくりと地面を踏みしめ、そして立ち上がる。
遙か頭上にあった鈴蘭が、たちまち目線の下へと動いていった。

私は今、自分の足で立ち上がり、花畑に立っている。
誰にも操られることなく、自分の意思で立っている。

 「私…動けるの?」

そう言いながら辺りを見回しても、目に入るのは鈴蘭ばかり。
鈴蘭―そう、鈴蘭だ。

 「あなたが私を、動けるようにしてくれたの?」

鈴蘭からの答えは返ってこない。
そりゃそうか…と納得したところで、私はようやく気が付いた。

 「私…喋れるの?」

聞いたことのないその声は、紛れもなく自分の口から発せられていた。
ずっとずっと欲しかった、想いを紡ぎ行く私の声だった。

私は、またへたり込んでしまった。
自分の意思で動けるようになったのに、文字通り「思わず」、へたり込んでしまった。
自分に何が起きたのか、自分がどうしたいのかを、改めて考える。
そして、冷静になれと、自分に言い聞かせた。





どうして急に、人間のようになれたのかは判らない。
何が原因なのかも判らない。

そんなことはどうでも良かった。
私は、身体を手に入れてしまっている。

動けるように、喋れるようになった私がすることはただ一つ。
誰にも操られる必要が無くなった今、もう迷うことはない。





すぐに服のまま河に飛び込み、服や髪の汚れを落とす。
しばらく日向で服を乾かし、手櫛で髪を整えると、私は間を置かず、すぐさままっすぐ目的地へ向かった。



彼の家が近づいてくる。
この目で見るのは、この間トラックの上から見たのを除けば、何年ぶりだろう。
動くはずのない建物と、動くはずのない人形。その二つの距離が、誰の手も借りず近づいていく嬉しさ。
あの夜の舞踏会の灯りが、瞼の裏に蘇る。

例の窓の方へ歩いていく。
その窓枠が見えた、その瞬間…


もはや探すまでもなかった。
何年もの年月など感じさせないほど、ごく当たり前に―



  そこには、彼が座っていた。
  何年ぶりかという、この人形との再会だった。




ここからでは顔が見えない。
もっと近くで彼の顔を見ようと、私は窓の方へゆっくり歩いていく。


いくつもの思い出が、頭を巡る。

幼き子供に連れられた、私と彼の出逢い。
子供達と私達、同じように相手に寄せた、淡い想い。

そして、あの夜の舞踏会。
幸せすぎた、あの日のひととき。

あの日の輪舞曲が、胸の中で流れ始める。
あの日と違い、私はひとりで踊れる。
現に私はひとりで、こうして貴方に会いに来た。

もう、昔のような悲しさ、もどかしさにはさよならだ。
今の私は会いに来ることだって、踊ることだって、
そして…貴方に想いを伝えることだって、可能だ。





少しずつ近づいてくる、彼との距離。

彼はじっと、部屋の中を見つめている。
私に気付いているのか、気付いていないのか、それさえ判らない。



私は窓の前に立った。
手を伸ばせば、彼への扉を開けられる。
あの日のダンスフロアは、もうすぐそこにある。

想いを伝える言葉を手に入れ、私は扉の前に立つ。
それは、文字通り手の届くところにある。

私はそのまま、彼の顔をじっと見つめた。
彼は、表情を変えない。

長い間の想いを胸に、彼をじっと見つめた。
彼は勿論、見つめ返してはくれない。

私はそれでも彼を、さらにしばらく見つめて…



それでもなお見つめて…











  ―踵を返し、その家を後にした。











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どうして気付かなかったの。



私は、彼のことが大好きだ。
私を惹き付けた凛々しい表情、優しい眼差し。長い年月を経ても変わることはなかった。

想いを抱き続けた、長い時間。
想いを伝えられない我が身が恨めしく、自由に喋り、動く人間達に、嫉妬もした。
この唇さえ動けば、彼に想いを打ち明けられるのに…何度も何度もそう思った。

そして、結局最後まで操り人形のまま、自分の死を覚悟していた日。
もう彼に逢えることはないと覚悟していた日。
私はついに、自由の身体を手に入れた。
想いを伝える言葉と、それを彼に届けに行く足を手に入れた。

私は本当に喜んだ。
河のお風呂まで入って身支度を整え、浮かれ気分で彼に逢いに行った。



…だけど、逢いたくて逢いたくて仕方なかった彼は、私に振り向いてくれなかった。
私の言葉に、返事を返してくれることは無かった。
私がどんなに笑いかけても、彼は表情を変えることはなかった。


私は気付かなかった。彼の顔を、本当に目の前にするまで、私は気付かなかった。


  彼は、人形だ。
  私も、人形だ。



私の自由への願望は、彼のため以外の何物でもなかった。
逢いに行き、想いを話すことが出来ること。
それが、私にとっての自由の意義そのものだった。

そして、その自由を手に入れた私は―
…手に入れて初めて、気が付いた。
私がどう足掻いても、彼は人形でしかなかったのだ。


人形は、操られて動くもの。操られて動くから、人形だ。
彼と生きるには、彼への想いを実らせるには…私は、自由になってはいけなかった。
一つだけの自由という実は、私にとって、禁断の果実だったのだ。

そう、当然のことだ。
当然じゃないのは、私の方だ。

彼への想いを実らせるため、操り糸を切りたかったのに…
糸が切れた私の前に、あの日の道はもう、残っていなかった。




  私は、人形でなければならなかった。








私の横で、今日も鈴蘭が揺れる。

どうして鈴蘭は動けないのに、美しく咲き続けていられるのか…そう思ったことを今でも憶えている。
今になって私は、やっとその答えを見つけていた。

動けないのに、喋れないのに…ではない。
動けない、喋れないからこそ、鈴蘭は美しく咲いているのだ。



花は知っているんだ。動けないこと、喋れないことを。
だからこそ精一杯、その姿だけで人を魅了するんだ。
どんな想いを秘めていても、彼らはその姿の美しさだけで見る者に語りかけるしかできない。
それが、花だ。
それが、人形だ。


  だから私は、鈴蘭でなければいけなかった。


ただ人に操られるまま、動けず、喋れず。
自分の想いなど、元から胸に秘めるしかなかったんだ。

想いを伝えるために自由を手に入れようなどと、考えること自体間違っていた。
何も語らず表情も変えず、ただ想いだけを秘め合うだけ…それこそが私達の恋だったんだ。



恋は、終わってしまった。
私が自由になってしまっては、彼と生きることは出来ない。
なぜなら自由になってしまっては、私は人形で居られない。
鈴蘭ではなくなってしまったのだ。

こんな簡単なことに、どうして気付かなかったんだろう。
実際に自由になるまで、どうして。





風にそよぐ鈴蘭が、楽しげに揺れる。
私はきっと、この花達に怒られたんだろう。
私の幸せに、私は気付いていなかった。
だから、罰が当たったのだろう。


  「そうじゃなきゃ―自由を手に入れた途端に恋が終わるなんて、残酷すぎるもんね…」


私は、鈴蘭にそう、語りかけた。
爽やかな風が、その白いこうべを揺らした。


あんなに欲しがった自由の身体が、今は恨めしい。
傀儡の人形でも、自由の人形でも、私は結局、どちらでも幸せになれなかった。


そして私は一つだけ、最後に疑問を抱いた。



  じゃあ私は、どうあっても幸せになれないの…?

  幸せになる道は、どちらもはずれだったの…?





そんなことはない。そんなことはないはずだ。
だって私は、もう人形に戻りたいと思わない。
私に繋がる糸はない。自由に思うまま、生きていくことが出来る。

とても痛くて、疼くように私を傷つける自由だ。
それでも、明るくて眩しい、待ち望んだ自由。


自由を持たない鈴蘭が、自由であってはいけなかった私と、自由になれた私を教えてくれた。





さあ、私は自由になった。
とても幸せだ。
この身体は好きなように動くし、この声は私の心を自在に相手へ伝えてくれる。
私には輪舞曲は、もういらない。



私は幸せだ。

きっと、すごく幸せなんだ。

だってそうじゃなきゃ―今日も窓辺に座ってる彼に、申し訳ないじゃない。








  「ごめんね…ありがとう…」

あの日流せなかった涙が、一筋だけ、温かく頬を伝った。


                            《完》






 投稿した時、この物語は『鈴蘭舞踏会』というタイトルで発表しています。後にこの『君影草』へと改題しました。
 理由は単純に、こちらの題名の方が気に入ってしまったからです。

 自分の中では、しっかりと雰囲気までをイメージして描いた作品です。
 物言わぬ人形どうしの恋、という雰囲気を徹底して壊さぬよう描き取ることにこだわりました。
 それが実現できているかどうかは別としても、多少思い入れのある作品ではあります。
(初出:2005年11月15日 東方創想話作品集22)