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【方舟】



 それは神無月も暮れ迫った頃。弐拾九日のことだったと記録されています。
その日の幻想郷は、いつもと変わらぬ朝を迎え、夜を迎え、
そして明日の日の出をお待ちする…筈でした。


 夜の深い闇を切り裂くように、まばゆい光が降り注いだのは亥の刻、
今で言う深夜の11時頃だったと記録されています。
 真昼のお日様よりも強烈な光に、幻想郷はまるで真夏の正午のような
明るさに包まれました。


 暢気な巫女も、努力家の魔女も。
 ツンデレの人形遣いも、日光に弱い吸血鬼様も。
 天衣無縫の亡霊お嬢様も。月から来たお姫様も。
 隙間に棲む妖怪おばさんとその式神も、果ては地獄と天国の裁判長様まで。

 強大な力を持つ住人から名も無き妖精まで、幻想郷に棲むみんながみんな、まばゆい光を見上げました。
誰もがそれに気付いて見上げた頃。その光の中から、静かな声が響いたのです。




  「貴方達の人生に、さらなる光を与えましょう。
   私が光を当てたなら、貴方の人生は新たな転機を迎えます。
   愛され、幸せになる、この上ない機会です。
 
   ただし、光を受けるのは…私が選んだ者だけです。
   見事私に選ばれた者には、その人生の素晴らしい飛翔の場を約束します。

   人を喜ばせることが出来る者には、きっと私が祝福を授けましょう…」




 青白くまばゆい光に包まれたその声は、幻想郷の住人にそれだけ言い残し、光と共に消えていきました。
辺りにはまた、夜のとばりが降りたのです。
まるで何事もなかったかのように、静かな夜に戻っていました。



 そして翌朝。朝陽が昇ると共に、住人達は動き始めました。

 いつも境内の掃除をさぼっていた博麗霊夢が、この朝はなんと、綺麗に石畳が浮かび上がるほどに
庭の掃除を完遂していたのです。
 秋の盛り、降り積もる落ち葉の一枚さえ残さず。
そこには、見たこともないほど手の行き届いた庭が出来上がっていました。

 その頃紅魔館の図書館では、病弱な魔女が素っ頓狂な声を上げていました。
それを聞きつけて飛んで来たメイドも、唖然としています。
 「ど…どういう風の吹き回しよ、一体」
 「どうもこうもないぜ。私はいつだって、約束は守る」
 「明日は大雨かしらね…」
 図書館の「主」、パチュリー・ノーリッジが驚くのも無理はありません。
強引に本を借りていってはほとんど返さず、本泥棒と恐れ最近は入館さえ断っていた霧雨魔理沙が、
あろうことか盗んd…いや、借りていった本を返しに来たのです。
 ゆうに数十冊を数える本が次々に机に並べられるのを、メイドと魔女は怪訝そうな顔をして見ていました。
コイツのことだ、何か裏があるに違いない…目でそう語りかけていました。
 しかし予想は裏切られ、魔理沙は何もせず「じゃあな」と一言言い残し、風のように去っていきました。
まさに人の変わったような爽やかさだったと、後にパチュリーは語っています。

 メイドはそれを見て、厨房へと戻りました。
御主人である吸血鬼お嬢様のティータイムの準備。メイドはお茶の棚の奥から、滅多に使わない最高級の逸品を取り出しました。
それを使って丁寧に紅茶を淹れ、更には上品なハーブのケーキまで添え、主人のもとへ向かいました。
 「お嬢様、お茶が入りました」
 「あら、今日は随分と香りの良いお茶ね」
 「はい。今日は特別に、最高級の稀少な逸品、AB型・RH−のお茶をご用意しました」
 「嬉しいわね。楽しませて貰うわ」
喜ぶレミリアに見えないように小さく、メイドはガッツポーズを作っていました。

 更に白玉楼にも、主人を最恵待遇で迎える従者の姿がありました。
幽々子が朝早くに外に出てみれば、広大な庭はいつも以上に手入れが行き届き、清々しいまでの景色。
ひとたび部屋に戻れば、いつもよりおかずが一品増え、二品増え。 
 「妖夢、今日は随分と張り切るのね」
驚く幽々子に対して、さも当然と言わんばかりの口調で
 「いえ、これも従者のつとめですから」
妖夢はそう言って、輝くような笑顔を主人に向けました。



 天の光から溢れた昨夜の言葉に、人間達は皆張り切っているようでした。
人を喜ばせることが出来る者…各々がそれぞれに、他人を喜ばせる行いを心がけ、実行に移しました。

 神の祝福を求め、それを受けるために真面目に生きる…それはまるで、
地上を押し流す大洪水から助かるべく方舟を造る、ノアのようでした。
 彼女らは必死で、自らが方舟に乗れるよう、急に真面目になり始めました。ゲンキンなノア達です。
でもそのお陰で、妖怪達もご機嫌良く、幻想郷はいつも以上に穏やかで優しい時間が流れていたのです。

 あの日までは。





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 それから半月が過ぎました。
 時は霜月も半ばに差し掛かった、壱拾弐日夜更けのことと記録されています。

 子の刻になり、壱拾参日に日付が繰り変わった頃。
またしてもまばゆい光が、真夜中の幻想郷を包み込みました。


  「皆、よく聞きなさい。
   今日、私は祝福を与える者を決めました」


 寝静まっていた人間も跳ね起き、騒いでいた妖怪も手を止めて。
誰もが空の光を見上げ、その言葉に耳を澄ましました。



  「発表しましょう。この度祝福を与える者…それは… 

   上白沢慧音、あなたです」
 


 静かな声が告げたその女は、一人の不死身の人間と一緒に、その言葉を聞いたようです。
その人間、藤原妹紅は、たいそう喜んでくれたと、後に慧音は言っています。

 さらに光の中の声は、もう一人、ある者の名を告げました。
これで2人。幻想郷中の誰もが、さらに3人目の名前を期待した時。


 「今日祝福を告げるのは、以上の二人だけです。
  これで終わりではありません。他の者も、人を楽しませ、喜ばせなさい。
  私が祝福を与えるのは、少しでも人を楽しませ、喜ばせることの出来る者です…」



 声はそれっきり止み、光も消え、また夜が訪れました。





 慧音の名が呼ばれたことで、皆一層、善行に拍車がかかりました。
この騒ぎに関わらず、慧音の日頃からの真面目さ、優しさ、誠実さは、誰もが知るところであったからです。
彼女のように日々を丁寧に過ごし、祝福を得よう…皆、そう心に誓いました。



 翌朝。そんなわけで幻想郷達の住人は、更に動き始めました。
 人間達だけではありません。妖怪達も、だんだんと動き始めました。


 永遠亭では輝夜の肩を揉む永琳の姿と、その永琳の肩を揉むうどんげの姿。肩揉み三連星が完成していました。
更に博麗神社にはその頃、「賽銭詐欺してごめんなさい」と匿名の手紙と共に、多額のお金が賽銭箱に投げ込まれたということです。

 蓮池では、氷精チルノが、オオガマに謝りに行ったそうです。
以前いたずらして飲み込まれた挙げ句、冷気を発して驚かせ吐き出させたという事件がありましたが、
その謝罪だそうです。
 しかし、仲間のガマガエルを沢山持参したまでは良かったものの、あろうことか
凍らせて持参したため、また飲み込まれそうになったとのこと。
お詫びのしるしだったそうですが、当然かえって逆鱗に触れる結果となりました。
結局HはHのままという結論です。 

 更に紅魔館ではなんとあのパチュリーが、寒い中外で頑張る門番に、温かい紅茶を差し入れするという、
夢としか思えない出来事があったとも記録されています。
門番…名前は記録に残っていませんが、この門番も涙を流して喜んだとのことです。 





 私は感動しました。
 こんなに優しさに溢れた幻想郷。なんと素敵な空間でしょう。

 人が人を思いやるというのは、どうしてこんなに美しいのでしょう。
寄り添い合う森の木々一本一本のように、誰もが優しくお互いを支え合い、
優しい優しい「幻想郷」という森を作っていました。
この森の木々から溢れ出る木漏れ日は、誰であってもその美しさを感じられるでしょう。
 寄り添い合う二本の棒で人という漢字になり、その人が更に人と人の間で生きるから「人間」なんだとは、
実に巧く言ったものです。

 冬も逃げ出す温かさ。幻想郷は、優しさという小春日和の陽気に包まれていました。
光の中からの声が導いた、日頃では見られないあの人の優しさ。
 誰かの優しさが誰かの優しさを呼び、また優しさを与えて…みんながみんなの心を、お互いに優しくほぐしていきました―

 



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 それからまた10日経ちました。
幻想郷にも木枯らしが身に染み始めた、秋も深まる弐拾四日の夜更け。
日が変わって弐拾五日の丑三つ時に、三度目の光は幻想郷を照らしました。


  「また一人、祝福を与える者を発表しましょう」


 真夜中の幻想郷が、にわかに沸き立ちます。
誰もがその声に聞き入ります。

 誰もが、自分の名が呼ばれることを確信していました。
皆、それぞれに出来る限りに人を楽しませ、喜ばせたのです。
そして、誰よりも自分が善い行いを積み重ねた…そう自負していました。

 日常の三倍は落ち葉を掃除した巫女も。一冊残らず本を返し終えた魔女も。
2000人に一人という稀少な血の紅茶を用意したメイドも。二刀流の庭手入れが冴えに冴え渡った半霊庭師も。
そして、数多の妖怪達も。みんな受験生のように、発表のためだけに意識を注ぎ込みました。

 
  「それでは…発表しましょう」


 厳かに響き渡る声。全員の喉が、ゴクリ、と音を鳴らしました。
 その時が来たのです。


  「この度、私が祝福を与えるのは…」



 ごくり。





    「レティ・ホワイトロック。貴方です」





 …

 …

 幻想郷の住人は、一瞬呆気にとられました。
 誰もが口をぽかんと開け、茫然としていました。


 それもその筈です。
レティと言えば、以前幻想郷から春が奪われた時、一瞬人間に嫌疑を掛けられ、
そして一瞬でやられたという、その程度の存在感しかない妖精だったからです。
 その後どんな異変の時も、彼女が事件の表舞台に立つことは無かったのですから、
まさか彼女が祝福を受けるなんて、誰も予想しなかったのです。

 茫然自失の住人達。
そんな様子に構わず、その頭上からあれこれ喋る光の中の声。
そして最後に。


  「今回の発表は一人だけです。
   でも今後、また誰かが祝福を受けるでしょう。
   最初から言っていますが、私は、人を楽しませることが出来る者を選びます。
   これから決めていこうと思います。最終的に、この「方舟の乗客」を発表するのは…





    師走の参拾日、あ-45aです。いつもの場所とちょっと違う位置なので注意して下さい」



 幻想郷の創世主は、そう言い残し、夜空に消えていきました。




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 それからの幻想郷は、もう色々と当てられない状況です。

 数多の妖怪達や昔の事件の主役達が、競うように創世主のメガネにかなうべく、善行に次ぐ善行。
「レティが出られるなら、誰にでもチャンスはあるに違いない!」と自らを鼓舞し、善行に次ぐ善行。


 気高い吸血鬼のお嬢様が。絶対のカリスマ性を誇った亡霊お姫様が。
絶大な妖力を誇るスキマ妖怪が。誇り高き月の姫君が。
果てはあろうことか、謙虚な生と無欲の徳を説くはずの裁判長までもが。

 それぞれのプライドをかなぐり捨て、いつもはこき使っている自分の従者達の肩を揉んであげる毎日。 
「いつもご苦労様」等と白じr…親切な言葉を掛けながら、それぞれが相手を喜ばせ、楽しませてあげることで
新作の出演…もとい、自身の優しさを我こそはとアピールしています。

 更には負けじと影の薄い住人達も、逆の意味で「レティがアリなら自分も!」と頑張っています。
これまで出演しながら名前すら与えられなかった小悪魔、大妖精、門番などは、一際目立って善行に励んでいるようです。



   美しかった幻想郷の光景は…心なしか、さもしさが溢れ始めております。
 


 一方人間の方は、一部熱意が薄れ始めた者もいるようです。
創世主の発表の中に「妖怪同士の遊び」という一節があり、人間が祝福を受けることは
今回は無いと達観し、善行に励むのを止めた者がいるようです(二面に関連記事)。 
 実にゲンキンなお話です。


 
 というわけで、今回書けるのはここまでです。
 今後誰が発表されるのか、誰にも分かりません。分かりませんが、
名も無き妖精からカリスマ裁判長様まで、誰にでもチャンスがあるのは確かなようです。

 さて、この記事を読んで下さった皆様にはもうお分かりでしょう。
一回目の発表で、慧音と同時に出演を発表されたのが誰だったのか。
そうでなければ、こんなに他人事な記事は書けません。
出演すべく、私も余裕のない日々を送っていたことでしょう。



 色々取材した結果、次回作も期待して良いものと私は判断しました。
今年の幻想郷には、冬にも活躍の場があるようです。

 「文花帖」という名の方舟が出発するのは、12月30日です。
 幻想郷住人の活躍を、本紙読者の皆様各位も、どうぞ楽しみにしておいて下さい。



 ★お問い合わせはこちらまで。
博麗神社 ホームページ http://www16.big.or.jp/~zun/top.html
文花帖   ホームページ http://www.bunka.go.jp/


                  (11月27日朝刊 文々。新聞コラム    
                               文責・射命丸 文)





 今からこの作品解説するの難しい……
 文花帖のときは周囲を含めて一喜一憂の連続でしたが、結局(ほぼ)全キャラ出たんですよね。あれ。
 そういえば追加用のプラットフォームはどうなったんだろう……
 
 今になって読み返されると何にも面白いことがないという、ある意味で不遇な作品。
 文花帖というゲームは大好きでした。
(初出:2005年11月27日 東方創想話作品集23)