【○○異伝】



  『貴女は、何かを遺せていますか……?』

  「遺すって?」

  『誰も求めない力を、人は能力などとは名付けはしないものよ』

  「この私の力さえも?」

  『聴きたいと思う人が確かにいるなら、形にしてみたらどうかしら。
   たったの一人でも、聴きたいと思う人がいる限り、作品は死なないもの。
   誰かが喜んでくれるなら……』

  「喜んでくれるなら?」

  『貴女の……












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 ねえ、貴方、クラシック音楽って好き?
すごく不思議な話だと思わない、何百年も昔に作られた曲が、今でもなお沢山の人に愛されてるなんて。
それを考えたら、5年10年なんて、ほんの短い時間ね。





 私には、ちょっとした特技があるの。
この手帳を見てもらえば分かると思うんだけど……って、あれ? どこに置いたっけ?
よくモノを無くすのよねえ。あれえ……??



  (少女捜索中……)



 ええと……あ〜、あったあった。
はいお待たせ。それじゃあ、ひとまずこのページから。

 ……どう? この謎の文字。読めないでしょ。
それ、私にだけ読める文字なの。世界で私だけがね。
そこにはね、文章じゃなくて、一曲の音楽が「書いて」あるのよ。

 ウチの家系は、だいたい誰もが一つずつ、生まれつき特定の才能に突出しているみたい。
たとえば絵を一目見ただけでそっくりに模写して描いてしまったり、曲がりくねった道を一度通っただけで
正確な距離間隔の地図を描いてしまったり、そんな具合。
特技に毛の生えた程度なんだけど、みんな面白い力を持っててね。
 そんな不思議な家系の何代目かに生まれた私が授かったのが、なんと音楽を一度聴いただけでそれを記憶し、
書き残せてしまう! ……という、特技だったって訳。



 貴方ならどう思う? こんな力を授かったとして。
正直使いどころが無いと思うでしょ。絵や地形と違って、音楽なんてほんの一握り以外、
時代と共に流行も何もかも移り変わってゆくんだし。
どんな時代だって、流行の音楽は10年も経てば時代遅れになって無価値になる。

 だから私もこんな得技、あるだけ無駄だってずっと思ってた。
でもね。ある日ある人に、ビシッと怒られちゃったのよ。
それも夢の中でね。

 淡い桜色の光に包まれた、綺麗で頭の良さそうな女の人だったわ。
その女性は、実は私のお母さん。
 あ、お母さんって言っても、実際の母親という訳じゃないわ。
正確には、遠い遠い「お母さん」ね。






  『たったの一人でも、聴きたいと思う人がいる限り、音楽は死なないもの。
   誰かが喜んでくれるなら……きっと貴女の力は、「能力」と呼べるようになるわ』






 その夢で、私ちょっと思い直したの。
音楽が本質的に流行り廃りがあるモノだなんて、思い込んでしまってたことをね。





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 そう、音楽は常に流行しては消えてゆくものなんだって、ずっと思ってたわ。
でもそれは、聴く人が嫌いになって廃れてゆくわけじゃない。
誰にも演奏されなくなって、人々の耳から遠ざかってゆく。それが主観的に「廃れた」と見えるだけなのね。
「不朽の名曲」なんてのも、誰かがずっと演奏してくれるから、「朽ちない」と言えるだけ。
実際には本当の意味で「朽ちる」曲なんて、この世に存在しないはずなのよ。

 勘違いしてたわ。こんな特技を持っているというのに。
誰かが聴いてくれれば、音楽は死なないんだってことにね。
 音楽の作り手からすれば、こんなに嬉しいことはないじゃないかしら?
だから私、自分のこの力を、「能力」にしてみることにしたの。

 素敵な曲があったとしてもそれを聴く手段が無かったら、未来の人だって不幸でしょ?
これから私、音楽を未来へ伝えてみるわ。
 朽ちゆく旧い曲を、時間の流れから救い出すために。
誰かが聴きたいと望んでいる音楽を、もう一度「音」にするために。





 でね、聞いて聞いて。私、うってつけの音楽を見つけたのよ。
ある楽団の音楽なんだけどね。かつて多くの人に愛されていた音楽。
だけど時代と共に演奏手を失い、今その曲達は廃れかけている。

 私気に入ったわ。この手でもう一度、その楽曲達に、光を当ててみせるの。
素敵な雰囲気がたくさん詰まった、旧い旧いこの名曲達にね。



 そう、あの御先祖様が古の物語を、現代まで生き長らえさせたのと同じように。
一度見聞きした文章を忘れないというすばらしい能力を生かして本を編み、この国の歴史に名を残した、
偉大な偉大な、あの「お母さん」のように。

 私も一度聴いた音楽を「カタチ」にして、こうしてみんなに……







   ……あれ? ペンどこに置いたっけ。ああ、またどこかに置きっぱなしにしちゃったのかしら?


   まったく。現実に存在するモノの方が、よっぽど見失いやすいみたいね。












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 かつて幻想郷には、幺樂という音楽があった。
幺樂団と呼ばれる楽団が演奏し、時の人々を魅了した音楽。
 しかしそれを奏でる機械が変わってゆき、次第に旧い幺樂を耳にする者は少なくなっていく。
いつしか幺樂は「廃れた」音楽となり、人々の記憶から消えていった。

 そこに、一人の少女が現われた。
彼女は幺樂に興味を持ち、後世に遺さんと動き始めた。




 音楽を遺す「能力」を持つ少女が、消えかけた歴史を後世に伝える。
失われた音樂を、もう一度、現代に蘇らせる。

 遠い昔、天才と称された女性……
古事記の編纂に携わり、文集として現代に伝えた才女……稗田阿礼のように。










  「ペン見ーっけ!
   ……あれ? さっき見つけた手帳どこ置いたっけ??」








 少女、稗田阿久のスコア第一弾が日の目を見るまで、あと少し。

 ……たぶん。




 今になってこれはもう載せなくても良いかな、と思いましたが一応作品として。
 幺樂団が発表される前、キャラの名前だけ判明していた頃に書いた短編です。
(初出:2006年5月21日 プチ東方創想話作品集6)